| ガロンボトルビジネス最前線 【その6】 |
| 2008年 |
日本に適したもの /前編(1月〜7月) |
2007年11月から、地産地消への脱皮を図る営業を始めました。私自身しばらく営業から遠ざかっていましたが、状況は刻々と変化するものです。自分で動いてみると、実に多くのことに気づかされることになりました。そして、それがガロンボトルビジネスにおいて、日本に適したものとは何か?を定かにするきっかけになりました。
そこで、その経緯を順を追って記してみることにします。
群馬は水処で、温泉や美味しい天然水の宝庫です。そこにアクアクララ・岩谷産業・クリスタルクララ・ハワイウォーター・ミツウロコ等が進出して来たことが、「時節到来」を囁きかけました。しかし、動いてみると、実情は自分たちが考えていたものとはまったく違ったものでした。他の業者の群馬進出は、勝算があってのことではなかったのです。内情は、各業者の本部が全国展開を目指す過程で、埼玉県の次という位置関係にある群馬県に進出してきただけのことだったのです。
例えば、A社は埼玉に工場を構えていますが、群馬に工場を建設するのは時期尚早と考えています。埼玉工場は群馬や栃木の売上を計算に入れられるのですが、群馬に工場を建ててもそれ以遠の需要が見込めません。とすると、市場を群馬だけに限っての工場では、採算が合わないということが明白となります。それだけ小さな市場にも関わらず、上記の業者がこぞって進出してきています。おおよその業者がLPガスを本業とする会社であることは既に述べましたが、その系列で親会社と太いパイプを持つ地元企業が代理店を任されています。恐らく、各代理店共、親会社の要請を断れない事情があり、引き受けざるを得なかったのでしょう?
「地元群馬の名水ですし、価格も安いので是非お試し下さい」という弊社の営業に、「知り合いから頼まれて置いているので、断るわけには行かないんだよね。田舎は、そういう関係で動いているから」という言葉が返ってきました。親会社の要請を断り切れなかった代理店と同じように、その代理店のお願いを断り切れない企業や個人が居て、その輪の内側で営業が行われていました。サーバーをレンタルし、高いボトル入りの水を買う動機は、唯一その「関係」にあったというわけです。各社共に、顧客獲得が一定数にとどまってしまっているのは、強くお願いのできる「関係」の範囲は、誰にとってもほぼ同じということなのでしょう。詰まるところ、フランチャイズの代理店は、一般顧客を念頭に置いた営業ができていません。そして、その一般顧客と面と向かうことがない営業が、お客様の声を反映させられない仕組みにつながっています。そのため、この業界は、目に見える点での改善も進歩もないまま、今日を迎えてしまっているのです。水の良い地域で、知識も持たずに「おいしくない水」の営業を繰り返している姿は、この業界全体の縮図と言えます。しかし、「人の振り見て、我が振り直す」の言葉通り、その縮図は、自分たちの無策をもあぶり出すこととなりました。
お客様の声の代表格は「この水を飲むためには、このサーバーが必要なのか?」というものです。「はい。ボトルが大きいので、サーバーでなくとも給水器がないと便利にお使いいただけません」「だって、サーバーは3万円以上するんでしょ。レンタルはしていないの?」という展開になります。本部から営業を託された代理店は、そこで「はい。レンタルはできます」と答えますが、お客様の声をそれ以上の深いところで捉えることができません。斯く言う私たちも、お客様の声を捉えられていないという点では大同小異でした。群馬での営業は、21年前の東京での営業を思い起こすものとなりました。当時サーバーは、アメリカ製のみで、1台が10万円くらいしました。見慣れない大型容器のミネラルウォーターを飲むのに、サーバーを買って使ってみようと考える人を探し出すことは、東京でも至難の業でした。そのため、私たちは、陶器製の給水器をセットとした顧客獲得に活路を求めました。20年後の群馬でも状況は同じでしたが、それでもサーバーしか持たない営業よりはお客様の要望に柔軟に対応が利きます。そして、すべてを国産化するという観点から、よりデザイン性やインテリア性の高いガラスの給水器を創り出そうという思いに至りました。それは、長くこのビジネスに携わってきたからこそ生まれた発想でした。
しかし一方で、長くやってきたからこそ、逆に自分たちの考えに縛られて、想像力を封じ込めてしまっていた面がありました。一般顧客の中で、サーバーに反応する方々が居ます。テレビの端々に姿を見せるサーバーを見て、サーバーそのものを手に入れたいと願う方たちです。一方で、その方々以外には、このガロンボトルビジネスは広がらないという現実を、私たちは直視しようとせずにきました。その事実に目を背けながら、「のれんに腕押し」の営業を繰り返している自分たちに、ふっと気が付いたのです。
きっかけは、5リットルのペットボトルでサーバー仕様のボトルを手にしたことでした。弊社の3ガロンボトルを作っているC社が、ペット材質で5L・8L・10Lのサーバー用ボトルを作ったという話がありました。ただ、その時はまったく他人事として、その話に耳を傾けることはありませんでした。それが、洗浄充填機の納入先からの要望で、改めてこのサイズのボトルと向き合うこととなったのです。新規に事業を始めようと考えていた栃木のS社様は、元々2リットルペットボトルでの事業展開を企画していました。しかし、ペットボトルでは販売の展望が開けず、一旦計画を白紙に戻して考えあぐねていた時に、弊社ホームページを目にしたということでした。天然のアルカリイオン水(ph9.1)で、超軟水(硬度5.4)の温泉水を、競争力のある手法で売り出したいと考えた時、3ガロンボトルでの宅配に活路を見出したのでした。
ただ、その水質上「生水として召し上がっていただきたい」という強い要望があり、サーバーの使用は、あくまでオプションとしたいと考えていらっしゃいました。そこで、「値段の張るサーバーではなく、ガラスの給水器を主体とした販売を組もう」という弊社と一致点が出てきました。そして、「この際、サーバーを必需とする3ガロンボトルは捨てて、5リットルボトル1本に絞ってみてはどうか?」という新たな観点が出てきたのです。
元より、私たちが3ガロンボトルを選んだのは、製造直販という土俵上で、大企業と競合しない道を模索した結果でした。最初は、5ガロンで始めたものを、日本サイズとして3ガロンにするまでは、自分たちの考え通りに事は進みました。ただ、それが達成できた時に「これでよし」としてしまったため、もっと日本に適したサイズを追求しようという観点を置き去りにしてしまったのです。ダイオーズやアクアクララが、私たちの後追いをするように3ガロンないし12リットルボトルを主体に営業を進め、それに連れて韓国製の廉価なサーバーが登場してきました。結局、私たちもその流れに乗って、サーバー主体の営業に入っていくことになりましたが、逆にそれが呪縛として、自分たちを縛ってしまったことに気が付けないでいたのです。
確かに2リットル以下のボトルは、大企業ですら利益を度外視した販売をしていますから、3ガロンを選んだことは間違いではありませんでした。しかし、その中間の容量に目が行かなかったのは、明らかに盲点でした。5リットルのボトルなら、「サーバーを必要としない」という単純なことに気が付くまで、私たちは実に20年もの歳月を費やしてしまったのです。
5リットルボトルなら、小売店に置くこともお土産屋さんに置くこともできます。2リットルのペットボトルのミネラルウォーターは過当競争の末、安売り店での利益は1本で5〜10円程度だと聞きます。ですから、弊社の5リットル入りミネラルウォーターを地元小売店に置けば、製造側も販売側も共に利益を享受できるはずです。また、地方都市の、例えば前橋の百貨店の委託料は、売上の18%に過ぎません。市場主義の悪弊で、すべての利幅が削られたことで、逆に古典的且つ正統派の売り場の委託料が相対的に下がっているのです。ですから、地元の知名度を生かせる、品質の良い商品さえ作り出せれば、様々なチャンス転がっています。値下げ競争の末、理由のないままの低価格が常態化していますが、その分だけ、地産地消という商売の基本に忠実に従うだけで、競争力が転がり込んでくるという状況が現出しているのです。
3ガロンボトルにはサーバーが必需でした。しかし、サーバーが必要ということが、自らの売り場を狭めてしまっている事実は、あまり意識されずにきました。サーバーを必要とする大きさ故に、小売店に置いていただく商品にはなれなかったのです。しかし、「買ってください」とお願いする商品を買ってくれるのは知り合いだけです。一方、売れる商品は並べておきさえすれば、黙っていても売れていきます。不特定多数の消費者が商品を手にすることができるか否か?その差が、即ち私たちの商品を販売することの難しさに直結しています。並べて置けないことのハンデは、必然的に「買ってください」と売り歩くしかない商法に辿り着きます。そして、サーバーを欲しがる僅かばかりのお客様を探し求めるという心許ない商売に、私たちは甘んじて来たのです。20年やってきた人間が、ようやくそのことに気が付いたのですが、一旦そのことに気付けば、見通しは明るくなります。配達と回収はお手の物で、小売店やお土産屋さんや百貨店というチャンネルが新たに増えるのです。回収については、意見の分かれるところでしょうが、弊社では1本の販売でも回収伝票を添付して無料で回収を図ろうと考えています。
さて、この20年の間に社会環境は著しい変貌を遂げました。サーバーの要らないボトルを、3ガロンボトル同様配達して回収するサービスは、大企業と競合しません。しかし、それは競合しないというだけでなく、地球環境を考えた時、飲料製造会社としての品格が問われるところまで話は進展しています。「中身の飲料を売りたい一心で、容器ゴミを量産していいのか?」という問題です。ペットボトルのリサイクルが、掛け声に終始していることが明らかになり、その処理に膨大な手間と費用がかかることが明白になってきました。また、分別やすすぎを施した使用済みペットボトルが、財政難の自治体を通して、中国に輸出されている実態も見えてきました。それらの現実を通して、「容器をばらまく側がその最終処分に責任を持つべきだ」という機運が、企業の倫理性を問い始めています。その一端として、政府(環境庁)主導でペットボトルのリユース実験が行われるまでになりました。しかし、その取り組みは入り口を彷徨っているばかりで、地球温暖化を阻止できるような域には達していません。
そこで、ボトルの配達回収システムを有するガロンボトルビジネスは、ゴミ処理問題や地球温暖化阻止の切り札的な存在意義を持つことになりました。この流れは、いずれ大手飲料メーカーに、容器の最終処分問題を突きつけることとなることでしょう。
弊社では5リットルボトル用の新たな型を起こし、3ガロンボトルと背丈を同一にした上で共通のキャップが使えるようにしました。同時に、3ガロンボトル専用洗浄充填機を改造し、5リットルボトルの洗浄及び充填ができるようにもしました。
容器の必要性は、恐らく水を起源としています。木の実を確保するには、植物の繊維を編めば事足りましたが、水については、手の大きさ以上の入れ物を入手することは難しかったに相違ありません。水は生命に直結する大事なものなので、それを入れる容器は何かを削ってでも手に入れたかったでしょう。水を運び、確保する道具は、人間だけが手に入れましたが、それは人間が技術を蓄積していく端緒ともなりました。
それが今、1回の喉の渇きを潤すために、一つの容器をポイ捨てにするまでになりました。私たちの捨てるゴミが、私たちの文明を飲み込んでしまうという皮肉が、現代を覆っています。私たちが、この本末転倒から抜け出す程度の知恵を持てないならば、人間に未来はありません。また、その種が知的生命体として君臨する星の未来も、同様に絶望的です。水の惑星が、水の容器ゴミで埋め尽くされるか?それとも、道具の大切さと共に、何のためにその道具を必要としたのか?という初心に立ち返れるかが問われています。
自然の恵みを、なるべく、ありのままに受け取る。それを無理なく、公正に分かち合う。生命の源である天然の資源は、本来、誰もが平等に手にすべきものです。「水の世紀」とは、水をエネルギーの如く奪い合う時代を指した言葉です。地球温暖化の影響をもろに受けたオーストラリアの旱魃が示すように、陸地の多くが乾燥へと向かいつつあります。中国の黄砂やモンゴルの砂漠化のように、その流れは今後加速度的に世界に広がっていきます。水の奪い合いは、既にどこでも起こり得る現実なのです。
人間が理知を取り戻すことは、容易ではありません。資源の枯渇を前に、私たちはいつまでも「消費者」であってはいけないのですが、そんな簡単明瞭なことすら私たちは理解しようとしません。逆に私たちは、資源の枯渇に煽られるように、「より多くの消費」に精を出しています。自分の取り分だけは確保したいと動いてしまうためです。しかし、冷静な目で見れば、それは破局を早める働きをしていることに、私たちは気付かねばならないのです。
ガロンボトルビジネス業界というものが、あります。この業界は「水の枯渇」に対応する力を持っていますが、まだ構成員は正確にそのことを理解していません。
日本ミネラルウォーター協会という組織が、サントリーやハウス食品を中心に構成されています。こちらは、容器ゴミを量産し、現状では「水の枯渇」を推進する側にいます。勿論彼等もいずれ、この事態に対応しなければならない状況に直面するでしょう。しかし、小回りの利かない彼等がいつ対応を始めるか?は不明です。
その分、ガロンボトルビジネス業界は、実は千載一遇のチャンスを迎えています。配達と回収を前提としている業界ですから、容器ゴミは出しません。利用者がゴミ処理に煩わされずに済むだけでなく、容器ゴミを減らすことを自然に為し得る業界なのです。私たちは、業界内で小さく反目し合うのではなく、一丸となってその長所を訴えていくべきです。また、お客様と面と向かう事業が展開できるように、もっと情報を共有していける体質を身につけねばなりません。お互いが小さなパイを奪い合う存在ではなく、大企業に独占を許している水市場から、共同して、その一角を奪い取るという観点が必要です。
人々は、水道水を飲まなくなりました。田舎でも人々は水を買って飲んでいます。それが何故?ペットボトルの水であって、ガロンボトルの水ではないのか?そこに、ガロンボトルビジネス業界の頭脳を集中させれば、答えは自ずと出てくることでしょう。
2008年4月17日、日本ウォーターアンドサーバー協会の設立準備会が初会合を開きました。アクアクララ株式会社・株式会社ダイオーズ・富士の湧水株式会社の3社に(株)北栄の元社長正代氏が加わり、去年の夏頃から準備会合が続けられてきました。そこに弊社を含め、ガロンボトルビジネスの古株を中心に9社が招集を受け、集まりました。
この会合でも、サーバーが出席社の関心の的でした。誰もがサーバーの呪縛に囚われ、金縛り状態に陥っていることがヒシヒシと伝わってきました。
「何を持って、この業界を括るのか?言葉を換えれば、この業界の他にはない利点・長所とは何か?私は、宅配と回収を同時に行うことが、当業界の最大の利点だと考えます。容器を繰り返し使うことと、配達だけでなく回収をすることが、そのまま地球温暖化やゴミ問題への有効な対応になります。当業界は、その対応力を持って、他のミネラルウォーター業界とも一線を画することができるのですから、その点をもっとアピールする必要があります」と持論を述べたのですが、皆の関心は「サーバーに関して、監督官庁を巻き込んだ後ろ盾が欲しい」ということに集約されていました。
そこで、「もし、皆さんの興味がそこに集約されるのなら、例えば国産のサーバーを作ろうというような強いメッセージを発していけないものか?」という意見を述べました。サーバーの呪縛は強烈です。しかし、本当に、それが強固なものなら、業界が一丸となって乗り越えていけばいいだけの話です。「一点突破全面展開」という言葉があるように、そこに問題が集約されているなら、そこさえ乗り切れれば展望は開けるはずです。私の持論のように、サーバーが家電量販店に置かれ、お客様の手に届くようになれば、3ガロンボトルのミネラルウォーターは爆発的な需要を生むことでしょう。但し、そのためには日本ウォーターアンドサーバー協会が成熟するまでの時間が不可欠です。一方、サーバーの要らないボトルを、3ガロンボトル同様配達して回収するサービスは、直ぐにでも始めることができます。
私はサーバー不要論を説いているのではありません。そうではなくて、3ガロンボトル以上の重量のボトルにはサーバーが不可欠です。しかし、そのサーバーに国産のものが登場しないため、提供する側が半信半疑のまま粗悪品を扱ってしまっている現状を危惧しているのです。ボトルを小さくする以外にも抜本策があります。ペルチェ方式を導入した上で、メンテナンスフリーのサーバーを開発することです。その意味で、日本ウォーターアンドサーバー協会の設立に期待するものは小さくありません。
まだ、先行きの不透明感はありますが、この業界もいよいよスタートラインには着きました。「日本に適したもの」を探す旅が、業界を挙げて始まろうとしています。私は、「群馬で成り立つビジネス」が「日本に適したもの」を定かにしていくと確信しています。
群馬の実績をフィードバックさせることを通して、ガロンボトルビジネス業界の一翼を担っていきたい。それが、私の現在の心境です。
<水の世紀>私観
雨や雪として大地に降り注いだ水は、一目散に海を目指すものもあれば、時に大氷河を形成し、鍾乳洞を作り、深い暗黒の地底湖で悠久の時を過ごすものもあります。そして、その同じ水が、やがて水蒸気となって天空に戻る旅の途中で、血や体液として私たちの体内にもとどまります。<水の惑星・地球>の中では、あらゆる生命がこの水を共有し、それぞれの命を育むことに役立てているのです。
大地は、安全でおいしい水を供給するために、その地層をフィルターの代わりにしてくれます。川は、その水を下流に運ぶだけでなく、自らも自浄機能を備え、川辺に集う生物に水を供給し続けてきました。ところが、その河川を私たちが便利な下水として利用し始めたことで、自然の環は変貌を強いられてしまったのです。
(エア初代パンフ 序文より)
とは言え、私たちがどれほど水を汚染しようとも、自然は水を再生し続けます。水は絶対量を減らすことなく輪廻転生を繰り返すため、他の資源と違い枯渇の心配はいりません。ただ、異常に増殖を続ける地球の総人口と、食料増産に費やされる真水の量と、バイオ燃料に転用される作物との間で繰り広げられる三つ巴の奪い合いによって、水の相対的な量の低下は急激に進んでいます。また、氷河や極地で氷としてダムのように蓄えられていたものが融け、海に流れ込むことによって、真水はその絶対量も減らすこととなります。
水の世紀の訪れです。私たちは、水無しでは生きていけません。多くの文明が音もなく崩壊したように、水の需要と供給のバランスが崩れると、破局はいきなり訪れます。人々の理性は働かず、奪い合うだけの世界があっと言う間に出現してしまいます。それは、限られたエリアではなく、地球というオープンスペースで起こる出来事のため、人類が全滅することはありません。但し、止めどなく続く混乱の果てに、人類の文明は壊滅的な打撃を受けるまでに至ります。
私たちは、恐らくこのストーリーから抜け出られません。その皮肉のため、水は今後とも売れ続けることとなります。
そして、日本は一番サバイバルに適した地となることでしょう。日本は、鉱物やエネルギー資源には恵まれていませんが、山国のため全ての源である水に恵まれ、元来の勤勉さも備えています。エネルギーの安定的な供給システムが崩壊した世界では、島国であることが有利に作用することになります。ガラパゴス島のように、海が他からの干渉を封じることで、混乱する世界と一線を画することができるからです。アメリカが主導してきた経済は破綻し、想像することもできないような世界が眼前に広がることになります。生き残った人々は、否応もなく自然との共生を肝に銘じて懸命に生きていくことになることでしょう。総人口は、多くて現在の3分の1程度になります。しかし、そのことによって、人類はもっとも人間的で輝かしい時代を迎えることになるのかも知れません。それは、異様なほどの増殖によって現出した今の非人間的な世界を、教訓として学ぶことになるからに他なりません。
「2050年には、20億の人々が水不足に見舞われる」とか「2050年には、地球上の80%の人々が渇きに晒される」という報道が既に始まりました。毎日の様に人々を煽る地球温暖化の報道に、今年から「水の枯渇」というテーマが加わりました。カウントダウンが始まれば、後は不安が不安を呼び、元の太平な世界に戻ることはありません。
2050年までならまだ42年ありますが、石油もその頃には底をつくと言われています。キリマンジェロの氷河は、後10年で消え失せてしまうそうですが、私たちは今後ずーっとそれらのカウントダウンに晒され続けます。いずれ、そのカウントダウンによって、正気を失う人が続出してくることでしょう。その前兆は既に始まっているのですから、2050年までの42年間も安穏と過ごせる訳でないことは明らかです。
石油が枯渇しても人が死ぬわけではありませんが、水が枯渇すれば人は数日しか生き長らえることができません。そして、どちらの資源も人間が関与しなければ、無くなることなどなかった資源です。資源の枯渇を招いたのは、私たち人間の飽くなき欲望です。宗教や人間の理性がその欲望を制御してきましたが、市場主義経済が全ての歯止めを取り去ってしまったのです。市場主義経済を受け入れてしまった私たちが、人間の正気を取り戻すことが果たして出来るのでしょか?物質的な豊かさに幻惑され続けている私たちが、人間性を取り戻すことは至難の技と言わざるを得ません。地球や人類の未来は、今後5年くらいの間に私たちが成すことで決定されてしまうのではないかと、私は考えています。
水事業に関しては、シーズンが終わりに差し掛かる9月頃から2月までが、次のシーズンのための準備期間になります。そこで、洗浄充填機に関する国内からの問い合わせは、その間に集中します。今年もご多分に漏れず、2月以降には問い合わせが途絶えました。2月くらいまでに準備をしておかないと、その年の夏シーズンには乗り遅れてしまうからです。
ところが、3月以降今度は海外関連の問い合わせが相次ぎました。カンボジア・中国・パキスタン・トルコなどからの問い合わせです。大半は日本の商社絡みのものですが、トルコにいたっては直接の問い合わせが入ってきました。現在、カンボジアを除いては継続の案件となっていますが、どんな展開をすることやら。勿論、案件がそのまま受注に至るとは考えていませんが、これも地球温暖化が世界規模で進行していることの現れかなと受け止めています。また、水の枯渇という話題のせいでしょうか?6月にはまた国内からの問い合わせが重なり始めました。
さて、栃木のS社様の工場建設の遅れに合わせるようにして、5リットルボトルのデビューは遅れてしまいました。この間、5リットルボトルのデビューを、おみやげ品とするか?3ガロン同様の配達回収品とするか?で、ペットボトルか?ポリカボトルか?という選択を迫られる場面がありました。
5リットルボトルについては型を起こしたのですが、出来上がり期日がずれ込み、元々予定していた「食の交流会」という群馬県内のイベントに間に合わない事態が生じてしまいました。そこで、5リットルポリカの見本となった5リットルペットボトルをダミーとして、展示会に臨むこととなりました。その結果として、どちらのボトルを先行させるか?迷う状況が出てきてしまったのです。ボトルの価格は、ペットボトルを1とすると、ポリカボトルは1.6〜2と言う価格差があります。その分ポリカボトルは耐久性があり、繰り返しの使用に耐えることができます。蒸気殺菌にも耐性があるため、容器の確実な洗浄殺菌ができます。その意味で配達回収システムを組むのであれば、最適なボトルであることは間違いありません。ただ、小売店での売り切り販売を考えると、ペットボトルの方が単純に素材が安い分、上代も押さえ込むことができます。どちらが消費者にとって良いものなのか?迷うところです。弊社は、どちらのボトルであれ、お客様にリユースを呼びかけます。また、お客様がゴミとして容器を捨てる場合は、弊社負担で容器の回収を図ります。ただ、回収が軌道に乗り、その意味をお客様に理解していただけるまでには、時間がかかることでしょう。そして、その意味が理解されないまま、売価が高いものを提供することには抵抗感があるので、難しい判断になりました。
一方で、「食の交流会」を通して、3ガロンとサーバーが改めて注目されました。県内限定価格というキャッチフレーズを、「地産地消」を掲げる地元スーパーの担当者が、目に止めてくださいました。そのスーパーは、1店舗ながら高崎駅東口に店舗を構え、地元密着を旗印に掲げるお洒落なスーパーでした。その担当者の方が、冷温水機の使い勝手を良く承知した上で、「3ガロンで、地元の天然水」を探していらしたのです。スーパーの店頭に置かれている無料の料理水装置の販売会社は、活発な営業を展開しているようです。しかし、「口に入れるものを無料で、サービスとして提供するのは如何なものか?」とスーパーの社長や担当者の方は考えたと仰っていました。装置の導入は安くもありませんし、維持管理費も掛かります。「その上、何か問題でも起きたらたいへんです」というのが、導入を躊躇わせた要因だというお話しでした。一方、そのスーパーが高崎市周辺で、店舗販売以外にも200件の宅配サービスをしているということが、弊社にとっては魅力でした。重たくて大きいものを宅配する場合、宅配経費を考えると一度にたくさんお届けすることが効率につながります。それが、他の商品を届けるついでに運べるならば、効率に偏重しない考えが成り立ちます。お客様が欲しいだけの量を、回数を分けてお届けできる訳ですから、そこに「地産地消」の合理性を、最大限活かせる仕組みがあります。
また、観光地にある商業施設内でも利用していただけるようになりました。施設内のレストランのドリンクバーにサーバーを設置していただき、お客様にご利用いただくという趣向です。ドリンクバーですから、無料の提供ではありません。地産地消価格なら、他のドリンクと比べても割高になってしまうことはありません。その点を評価いただいて、使用に踏み切っていただけたようです。
5リットルでの展開は、3ガロンへのステップになるか?あるいは、大型容器の趨勢が5リットルそのものへ移行していく端緒となると考えていました。今でも、その考えに変わりがないのですが、水シーズンを迎えて、去年の11月から始めた県内での営業が成果を見せ始めたのです。3ガロン+サーバーを探し求めている個人のお客様の反応も顕在化してきました。
弊社の目指すところは、田舎でも成り立つ水事業であり、そのための地産地消化です。5リットルボトルへのアプローチと展開は、地産地消を目指す私たちのビジネスの厚みを創り出すことにつながったようです。種を蒔いても、それがお客様に理解していただけるまでには時間が掛かります。しかし、お客様の想いを先取りしようとする姿勢は、自分たちが何を成したいかを、アピールすることになりました。自分たちの想いは時間差を伴うけれど間違いなく伝わっていくということを、実感するに至っています。
−ガロンボトルビジネス2008 前編(1月〜7月)−終わり
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