魚野川(上信越国境)

 暫定的ですが完成しました。野反湖−地蔵峠−大倉峠−渋沢ダム−魚野川本流−上流へかけて、画像データとリンクする、しかけです。随時更新し内容を新しくし向上させるつもりです。

 使い方は、地図上の地名・滝名をなぞって見て下さい。指先ポインタ””のマークが現れると、そこから画像にリンクしています。
お楽しみ下さい。  最初は<左京横手>からです。  さぁ!クリック!

 新しい試みで、不具合や操作性の不備等、問題は山積みです。技術的なアドバイス、大歓迎です。
               (ここで紹介する画像は、特に表記無いものは、全て97年に撮影したものです)

 

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左京横手から野反湖方面

左京横手から野反湖を望む


 北沢からつづら折りに登り上げると、片斜面を横ッつり気味に暫く歩く。 後ろを振り返ると野反湖が見える。

 野反湖から歩き始めて約二時間。「まだ、あんなに近く見える」と溜息をつき、休憩する所。

次は<西大倉山>です。








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西大倉から岩菅、烏帽子山

西大倉から岩菅山を望む

 西方向には、左から、岩菅山・裏岩菅山・烏帽子岳が見える。

 岩菅山・烏帽子岳を見るには、このアングルが秀逸。この辺りからブナの原生林となります。

 これより大倉坂の百八十曲がりと呼ばれる約一時間の下りは、膝がガタガタ笑い出すのに、何故か眼には涙、汗だらだら。

次は<桂カマチ>です








03


桂カマチ

桂カマチ


 千沢を左に見、魚野川へ入るとすぐに、両サイドがゴルジュとなっているが、水深は浅く水流も激しくない。

 しかし、その前に、千沢と魚野川の出合い下流で徒渉しなければならない。
その際、水深が腰近くあれば、迷わず入渓をあきらめた方がよい・・・すぐ下流の渋沢ダムからダイビングしたくなかったら。

次は<桂ゼン>です。








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桂ゼン
 桂ゼン(4m)

 桂ノ沢の滝。左岸から落ちている。

涼やかな滝だ。

魚野川での遭難が増えています。

05年8月17日、22歳の大学山岳部女性がこの先で滑落死した。増水しているといえ、適切なルート探索できなかった事が悔やまれる。

2週間前に入渓した上流でも例年のルートは使えなかった。また、途中出会った渋沢からの単独入渓者も非常に苦労したと聞いた。

穏やかな平水時の印象は捨てて下さい。

この水系は沢屋のレベルでは比較的中級と言われていますが、落とし穴がたくさんあります。例えば、釣り人との混在。
先行者の足跡があるからといって、安心するな! 足跡は空身の釣り人かもしれない。

とにかく、どうか、死なないで下さい。

けど、余りえらそうなことはいえない。
こんな事もあるから。

次は<不動コイデ>です。








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不動コイデ
不動コイデ

 この不動コイデと下流の箱ブチでは増水時には、必ず巻き道を探すこと。

 平水時は水線越しに通過できるが、増水時には、経験とテクニックが必要。

 箱ブチでは、桂ゼンからすぐ先に左岸への巻き道があるが、途中、降下するダマシ道があるので注意して下さい.。

 不動コイデの巻き道は、未確認です。

 97年秋、29歳の男性大学院生がこの場で命を失っている。

注:私の云う巻き道とは獣道程度で注意深く探索しないと、本当の獣道に迷う危険がある。

 また、それぞれ個人でもっている他のルートもある。
 私の紹介したルートが消失している事もある。

 渓は毎年変化し衰退していることを入渓者は知る必要がある。

 つまり、他人任せに出来ないのだ。

 

次は<一六沢>です。








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一六沢
一六沢

 広い河原のイタドリ河原に出て暫くいくと、左岸より流れ出る小さな沢がある。

 地図で推測するよりも水量が少ないので、見逃しやすい。

 左岸に岩小屋があるが草で覆われ最近は使用されていないようである。

次は<大ゼン>です。








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大ゼン
大ゼン(6m)99

 ゴルジュの中、高沢の出合を右岸に見、暫く行くと大ゼン(オオゼン)が現れる。

 左岸に巨木が懸かり、その下の渕から滝を越す。その際、フグリ迄濡れる事から、地元では”キンタマブチ”と呼ぶ。

 この名称でだまされました。
「滝上まで懸かっている巨木を利用し登る際、滑って、キンタマをブッテ(打って)痛かった。だからキンタマブチと呼んでいる。」

  そんな冗談を、つい最近まで真に受けて、この場にくるとその事を思い出し、股間がキューンとなった素直な私でした。

 170年前の古文書によれば、落差十間(約18m)の大滝であったという。
百年に一度と云われるような大水により、岩石・砂礫で埋まってしまったのだろうか?

 それでも毎年確実に滝の上部は削り取られている。水の力は偉大だ。

次は<九尾ゼン>です。 








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九尾ゼン(97秋)
九尾ゼン(2段50m)

 魚野川支流、高沢の枝沢、三引沢の滝。

 紅葉の中の九尾(クビ)ゼン。

 高沢出合から折り重なる倒木のダム状の滝を越えないと見えない。

次は<ナマリ岩>です。








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ナマリ岩99
ナマリ岩99
ナマリ岩、上流から

ナマリ岩


 本流の中央右岸寄りの河原に、高さ3m程の大岩がデンと座っている。

 岩上には苔の中にシャクナゲ、ツツジ、カエデ、ツガ達が、盆栽のように気持ちよく乗っている。

いくら見事で庭石に良いからと、もって帰らないで下さい。
・・・念のため。


 モヒカンの状態から近年の出水状況が見て取れます。
次回、この岩が流されるのは、いつのことでしょう。

次は<黒沢ノ滝>です。








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黒沢ノ滝
黒沢ノ滝(6m)

 平水時には、右側のスラブをへつって、滝の中部に取り付き、シャワークライムで登る。

 乗り越すとすぐに2段(8m、4m)の滝が現れるが、右岸より巻き気味に登れる。


黒沢に入渓する際の注意

 地形図(2.5万図)を見ても解るとおり、この滝から上流は懐が広い。

 降雨時には岩菅山から、裏岩菅山・烏帽子岳迄の稜線を、起点に、全ての雨水がこの一点に集中する。

 しかも、岩菅山の上部南東側は、急斜面で雨水を調整する木々が無い。

 この渕で、雨の気配を感じ、必死に駆け下りた経験がある。

 しかし、少しでも増水や、濁りが出れば、高台に避難することです。

 増水も早いが、減水も早い。(早いっていっても3時間くらい)

 私は、ここでの経験で、増水時、無理な行動をするより、水が引く迄ゆっくり停滞できるよう、ヘッドランプは必ず携行しています。

次は<白水沢>です。








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白水沢
白水沢

白水沢99
白水沢99

 白水沢上流部で、何らかの原因で、土石流が発生し、砂礫が本流の半分以上埋めている。

 この砂礫が渕などを埋め渓相をどんどん変化させていく。

 人工の手が入っていないこの付近でさえ、自然崩壊し、この状況です。

 林道、砂防ダム、スキー場等で掻きむしられた山ではもっと悲惨な状況です。

 車で移動していると、その下の沢や河川がどんな状況になっているのか理解できないでしょう?一度みて下さい。

 また、高山地帯の立ち枯れ現象も結果としてこの様な状況を招きます。

 自然の驚異より人類の狂気が空恐ろしく感じます。

次は<行者の岩小屋>です。 

 下の写真は99年の夏に撮ったものですが、本流を埋め上流側にプールを作っていた堆積物が無くなっていた。

 本来の流れに戻り、一安心と言いたいところだが、流された砂が沢の底に沈殿し、石と石の間にビッシリと細かな砂が詰まり、本来石の間に棲む水生昆虫の住みかを奪っている。

 結果、水生昆虫を捕食する岩魚の成長に影響したためか、白水沢から下流500m位で釣れる岩魚は数も少なく痩せていた。








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行者の岩小屋下

行者ノ岩小屋の下流

<FONT size="+1" color="#000000">行者ノ岩小屋</FONT>

行者ノ岩小屋99


 この渕からカギトリゼンまで、大岩の累積地帯。

 途中右岸に大岩がせり出し、その下で焚き火をした後がある。行者の岩小屋だ。

 出水時危険な個所で逃げ場も無い。不鮮明な画像で恐縮ですが、岩小屋の入り口近くまで石が水に洗われており、草も生えていない。こんな所で泊まった人の心臓に感心する。

次は<カギトリゼン>です。








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カギトリゼン
カギトリゼン(8m)

 この画像には写っていないが、右岸全体が大スラブとなっている。
大いなる力が、掻き取った様に見えたからこの名称となったのであろう。

 ちなみに、関東北部から甲信越にかけて、この一帯では直瀑の滝のことを”セン”と呼ぶ。

 野反湖を源とする千沢(センザワ)も、滝”セン”が千”セン”位あるからの例えで付けられた名称だ。

 平水で登りであれば、滝の左側、水の流れ際を直登できるが、それなりの力量が要求される。

 明確ではなく藪こぎもあるが、この手前左岸の涸れルンゼを登る巻き道を私は利用している。

次は<イワスゴゼン>です。








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イワスゴゼン
イワスゴゼン(8m)


 文句無しで本流一の美滝。

 イワスゴとは岩菅山(イワスゲヤマ)を、愛着を込めて呼ぶ地元での呼称。また、かつては岩巣護山と表記されていたようだ。
 
 左岸に明確な巻き道があるが、やっと付いている様な細く微妙なルートなので、崩さないよう注意して下さい。

 毎年、何度も利用している人達がいることを忘れずに。

99年8月14日、最新情報「ルート消失」を参照して下さい。

次は<スリバチゼン>です。








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スリバチゼン
スリバチゼン(4m)









スリバチゼン、ドボン前
ドボン前




ドボン後
ドボン後

 文字通り、すり鉢状の滝。

 両岸ともへつりで登れるが、フリクションが微妙で、気合いがいる。
しかし、落ちてもライフジャケット代わりになるザックを背負っていれば大丈夫。

 ただし、ウエストベルトはしっかりと締めること。締めていないと着水時に後頭部を強打します。

 もし落ちても、立ち泳ぎを避け、体を水面とできるだけ平行にし、泡を避け、速やかに安全水域を目指すこと。

 目に見えない水流が水面下にあることを肝に銘じること。

 この様な場所で重要なのは、ブレイン・シュミレーションだ。
必ず、その場で起きうる最悪の事態を想定し、その際どの様な行動をとるか、あらかじめ頭にたたき込んでおく必要がある。

 全ての事象に体が、自然に対応できるプロフェッショナルは別だが、たいがいの人は何もできない。

 声を出すだけでも良くできた方だ。
「あっ?」か「えっ?」で次の動作ができない。
   当事者のパニック!!

 たいていは無言で、体が硬直した状態で、なすがまま。
無言故、振り向くと、いるはずの人がいない。
   随行者のパニック!!

 この様な事態は避けたいものだ。


 さて、話を戻して、私はここでは、右岸ルートを選択しています。
良い事例の写真が撮れたので、中段、下段の二枚の画像で説明してみよう。

 この時、3人で入渓.。 そのうち一人は初心者。2日目で、フェルト地のウェディングシューズにも馴れた頃、イワスゴゼン下まで下りることにした。その時の写真です。

 ドボン前

 立っているのが私、水色の人が初心者。

 なんと云っても腰の位置が悪い。腰が引けている。
重心を接地面に垂直にしないと摩擦力が低下し充分なフリクションを得られない。

 足の置く位置が悪い。水流から外れている。
水しぶきがあたっている所はヌルヌルして滑りやすい。
水流の中の方が滑らない。

 そんなことを声をかけアドバイスしているのだが、恐怖心から思うとおり体が動かないらしい。

 ここを下りる際のレクチュアで、「三人に一人はドボンしているから君が落ちても恥ではないよ」、「落ちてもサポートするから大丈夫」と、リラックスさせるため言っておいた・・・・。

 案の定、いや、期待通り、ズルズル・・・どぼん。

 ドボン後

 大爆笑!やはり、あなたは期待を裏切らない人だ!

 当人はプンプン、

 この日の夜はこの話だけで旨い酒が飲めました。

 追加事項、

 技術的には、私が立っている所から下流に約4mのトラバースの方が難しい。

次は<草子沢>です。

ドボンした当人より愉快な抗議の檄文頂きました。ありがとうございます。皆さんも肖像権には気を付けましょう。

Date: Fri, 26 Jun 1998 From:Ootaka   尾崎様、肖像権侵害で訴訟を起こすにはどうしたらよいのでしょうか。

無断で、私の、しかももっとも物笑いのネタとなった写真をHPに掲載されているとは・・・ゆゆしき事態です。

おまけに文章がどの沢の写真よりも長い!ともかく、7月の釣行では尾崎さんはカメラの携帯をきつく禁止させていただきます。

またこのHPのおかげで、私のような失敗を犯さずに済んだ、という感謝の返信が届いた場合は、一件につきなにがしかの印税を徴収させていただきます。

・・・ということで、今からWDシューズを新規購入し、決定的瞬間を今度こそ起こさず、無傷で帰還することを目標にしたいと思っています。

(HPの内容はそれさえ除けば大変優れたものに仕上がっていると思います。ばれたらしようがない、暴露しちゃえ!というスタンスは支持します)

今年も良い笑い話・・・もとい、思い出つくりましょう。
気合い十分の今年(98年)の Ootakaさん
WDシューズを新規購入し、気合い十分の今年(98年)の Ootakaさん








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ソウジ沢
草子(ソウシ)沢

 やはり、雅な様相から付いた沢名だろう。

 スリバチゼンの滝上すぐ右岸にある、すだれ状の小さな滝。

 ほうき状に流れる水が、本流の水面に映りまるで絵のようだ。

 この沢は渇水期に涸れる事がある。

次は<シンブチ>です。








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シンブチ
シンブチ

 これは滝とは云えない(落差70p)が、その渕が面白い。

白く泡だった巻き込みの深さは優に4mを超える。
その深さが不釣り合いなのです。(シンブチ:シン→深・・・か?、神か?)

 渕尻の流れだしは一枚岩盤で、水深は30p位。
つまり、かつて落差のあった滝が埋まった様な形跡がないのだ。

 しかも、岩盤が断層でずれた形跡もない。

 滝の上部が削り取られた滝の成れの果てであろう。

 最も原初からある渕かも知れない。不思議な渕だ。

次は<ヘリトリゼン>です。








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ヘリトリゼン
ヘリトリゼン(4m)
ヘリトリゼン下流のナメ.
ヘリトリゼン下流の平ナメ

 ヘリトリゼン。(ハコゼン)とも云う。

 渕の左岸水面下にテラスがあり、そのテラスの縁を取ったように見えるので付いた滝名。

 その水面下のテラスの上を歩きそのまま直登できる。


 平ナメ。

 イワスゴゼン、スリバチゼン、ヘリトリゼン、そしてこの上それぞれの滝間に100m位の平ナメがあり見事!

 なんと歩きやすいこと!

 足下を気にせずバシャバシャ歩ける。

 キョロキョロ、そして、白く泡立つ溝にドボン!・・・私です。

 岩盤の小さなリスに小石や砂が長年かけて穿った溝が落とし穴となっています。

次は<下のゴート>です。








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下のゴート
下のゴート

 荒々しい巨岩の累積地帯。

 この様な様相を地元ではゴートと呼んでいます。

 ゴーロがゴートと呼び名が変化したのか?

次は<燕ゼン>です。








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燕ゼン
燕ゼン(5m)

 滝の名称としては大ゼンと同じく由緒正しい名称、燕ゼン(ツバクロゼン)。

  小ゼン沢のネジレゼン(5m)と渕を共有している。

 右岸のシャクナゲの群生が花開く頃は、見事な景観美を見せてくれるだろうが、スキーを履かないとここには到達できないであろう。

 左岸の岩場から滝上のゴルジュに越せる。

次は<おっかさんの渕>です。 








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おっかさんの渕
おっかさんの渕98

 本来、燕ゼンより上流では岩魚は生息していなかった。

 鈴木牧之著「秋山紀行」文政一一(1828)年で、秋田マタギ自身が「魚は乙鳥瀧より川上にては更に取れず」と紹介されている。つまり、乙鳥瀧=燕ゼンである。

 大正六(1917)年、六合村の猟師で長平の山崎覚蔵さんと品木の山口孫兵衛さんが南ノ沢の出合いまで移植放流したもので、最初に放流した渕を「おっかさんの渕」と呼んだそうである。

 その後にも昭和二二(1947)年、当時の魚止めであった追詰ノ滝上に六合村は田代原の大塚政美さんと長平の山崎正治さんが移植放流したのである。

 つまり、魚野川は信州に位置するものであるのにも関わらず、以前は上州六合村の職漁師が魚野川源流域を深耕、繁殖域の拡大、保護しつつ漁場としていたのである。

 現在は、信州の人達が我らの縄張りとばかり奇声を発しているが、この事実を彼らは知っているのだろうか。

次は<庄九朗沢出合い>です。 








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庄九朗沢出合い本流上流から
庄九朗沢出合い98本流上流から

 この画像では解りづらいが、中央の大石左から庄九朗沢の沢水が流れ込んでいる。

 庄九朗沢は信州側のノッキリ峠に抜ける最もポピュラーなルートである。1700m付近に約6mの滝があるが、96年の7月に詰めた時には滝に木が架かり難なく通過できた。

 ちなみに奥ゼン沢は大高巻きが2個所あり、あまり利用されない。

 画像の大石は本流から?庄九朗沢から?どちらから流れてきたのであろう?

 知っている人はメール下さい。無理か(^^)。

 次は<落石遭遇点>です。 








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カモシカ
犯人A、年齢不詳99

 「パーン」、「銃声?」。刹那、足元から2m程の水柱が。

 水中衝撃波で右足がしびれた。沢音で石の転がる音はかき消され聞こえない。

  「右岸?左岸か?」、、、「左岸だ!」、「落石は続いている!!!」 と、同時に避けられる大岩を目指しジャンプ。(火事場の馬鹿力を初めて経験)

 岩陰から犯人を確認。・・・「カモシカだ!」 やつは必死に悪場を通過しようと悪戦苦闘している。

 石が岩を穿ち、一面に硫黄の匂いが立ちこめる。 しかし、やつには悪気はない。やつのルートを奪った私が悪いのだ。

 しかも!やつには世界共通語の「ラクッ!(落!、Rock!)」は発せないのダァー!

 あの時、落下地点で立ちつくしていれば?・・・・・・・・・。

 以上<避けられない落石事故>______<自慢?!?>話しでした。

 上の画像は99年秋に我が家の玄関先に現れたカモシカで犯人?とは別人?です。

 次は<巡査の卒塔婆>です。 








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巡査の卒塔婆
巡査の卒塔婆

魚野川行者事件

 明治16年(1859)、100年以上も前の話。小ゼン沢から本流に入った地点で一人の巡査が、梅光正運と名乗る無頼の行者に惨殺され殉職した。

その経緯は、
 行者は村民の信仰心を巧みに利用し、悪事の限りを尽くしていたが、被害者自身に「被害を被っている」という認識が無かったため、逮捕する事が出来なかった。(この点は現代においても全く同じ事が行われていますね)

 しかし思わぬところから逮捕の理由が発生した。村民を利用し官林の盗伐を行い、その木材を使い経堂を魚野川北面に建築したのだ。

 地形から推測すると奥ゼン沢出合、北側ではないだろうか?行者ノ沢付近では日当たりが悪い。

 やっと逮捕できると、魚野川に乗り込んだ迄は良かったのだが、行者の牙城に単身乗り込む失策から返り討ちにあったそうです。

 その巡査の霊を弔うため卒塔婆を建てたそうですが、でも殺害された現場は確か本流のはず。

  この疑問を古老に問いかけたところ、答は簡単。
「正確な場所は今となっては誰も知らない。だから何処に建てても同じ事。何よりも卒塔婆を運んでいった人が怖くなって早く帰りたかったらしい。」

 うーん、単純明快。「まあ、そんなもんでしょう」と、納得。

次は<天狗池>です。








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天狗池
天狗池98

 天狗平(1770m)は、御殿(ミドノ)平、細野平とも呼ばれている。はるか鎌倉時代の伝説が残っている。

 細野三友之助が木曽義仲の子を妊る娘を守って、この平で蟄居したと云われているが俄に信じがたい。

 しかし、由来不詳の五輪塔がこの下の小倉で掘り出されたり、この付近で城壁跡とおぼしき石垣など伝説に思いを馳せる根拠は充分にある。

 この天狗平を撮影した98年9月には池が三つ出現していた。(時期によって涸れることがある)2.5万図では池の脇を通る登山道が表記されているが現在は消滅しており、池に行くには強烈な根曲がり竹のヤブ漕ぎを覚悟しなければならない。

 職漁時代には本流で一定量の岩魚を確保した後、小ゼン沢を遡上し、上信越国境に出、この平らを経由し、(2.5万図表記通りのルート)小倉、田代原を経て、草津温泉に出、現金化したルートが日本でも有数な<岩魚道>であったと云われている。

 現在の下降ルートは、オッタテ峠から、鷹巣ノ尾根の一ツ石経由、馬止メ、白根開善学校である。

 次は<ハンノキ沢の無名滝>です。 








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ハンノキ沢無名滝、上流から
ハンノキ沢無名滝(7m)98、上流から

 千沢の支流ハンノキ沢の滝。

 左岸のスラブを上がるが、非常に滑りやすい。

 次は<千沢無名渕>です。 








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千沢無名渕
千沢無名渕98

 野反湖から降りてくると、この付近から渓相が変化してくる。両サイドが急峻になりゴルジュが連続してくる。

 千沢に入渓する際には正確なダムの放水状況を各自確認して下さい。

 関連情報は、98/07/10「千沢はまるで水路」 をご覧下さい。

 次は<焼沢無名滝>です。 








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焼沢無名滝
焼沢無名滝、
二段(五m、三m)

 暗い印象の沢である。

 98年7月に焼沢の遡行調査した時は、1680m地点から南の沢に転進し三壁山への登山道に。最後の詰めはヘッドランプを灯けコンパスだよりの藪漕ぎであった。

 日の暮れた登山道から眼下に見えるキャンプサイトでは、中学生が林間学校でキャンプファイヤーを行っていていた。

 悪戯心でヘッドランプをキャンプファイヤーに向け点滅させグルグル回したところ、思惑通り「キャー!キャー!」と黄色い声が。

 どんどん高度を下げると「火の玉だぁー!」との声も。

 真相を知らないままでは、その夜、寝小便の被害者が出そうなので、ヘッドランプを灯けたままバンガロー村の中に降りていった。

 一生忘れられない思い出作りに協力?してあげました。

次は<遭難者発見地点>です。








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 94年7月遭難者を発見。残念ながら即死状態で生還は叶わなかった。

 千沢のイタドリ沢から下流の魚野川合流点までは水線通しの遡行は滝に阻まれ不可能だ。

 また、高巻くにしろ両サイドは取り付くしまも無いような大ゴルジュ帯であり三道具による登攀具を駆使しないと突破できない上級者向けの沢である。

 この様な情報を持たず入渓する釣り人が後を絶たない。

 また、人が入らないから岩魚が多く、サイズも大きいと勘違いしている釣り人もいる。

 野反湖はロックフェル式ダムの人造湖で、せき止めた水を千沢下流渋沢ダムに送るため千沢を水路代わりにしている。

 よって、千沢は岩魚の産卵には適せず(季節、天候に関わらず人為的な水位、水流の変動が行われるため)、渓相の割には釣果は少ないのである。

 私も一度大敗したことがあります。どうか、どうか安易な気持ちで入渓しないで下さい。

次は<テン場風景>です。








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テン場風景テン場
 単独入渓の際のテン場は大体こんな感じです。

 焚き火をしている最中に、降雨があることを想定して、素早く天幕を張れるように工夫しています。

 面白いことに、雨が降りそうなとき、前もって張っておくと降らず、降らないと判断し、張らずにおくと雨が降る。

 ならば、「備えよ常に」で対応するしかない。

 「だったら、張りっぱなしで良いじゃないか」と、思うかもしれないが、

 夜空を見上げる楽しみを妨げる天幕はヤボでしかない。

99最新アイテムクリスタルルーフ

クリスタルルーフ?!?

 99年からの天幕は、ズバリ、農ポリのシート。ビニールハウスで使う幅広(幅3.6m、長さ100m)の透明ポリフィルムシートを適当な長さ(今回は6m)に切って使う。

 某釣り雑誌で紹介されていて、薄さ0.03mm(Hスキンより薄い!)であるにも関わらず、2〜3日の実用に耐える。

 しかもコンパクトサイズ。たためば14×12×5cm重量は400g。紹介者はこれをクリスタルルーフと命名している。なかなかの洒落者だ。

 張り方にコツ(神経質でないと失敗する)がいるが、非常に快適である。

 晴れた日、シェラフをわざわざ干さなくとも自然乾燥し夜は快適な睡眠を約束してくれる。

 だが、暗闇が怖い人では耐えられないかも(^^;。

 透明であるため、晴れていれば一晩中満天の天体ショーを楽しめる。

 夜中に起きたときに露天で寝ていると錯覚したほどである。

 もうこれは手放せない必須アイテムとなった。

宴



♪お酒は酔えれば何でもいい〜
♪肴は岩魚の串でいい〜
♪仲間は愉快な奴がいい〜
♪灯りは豪快、焚き火の火〜


(体育会系調子で)

遊びのお誘い待っています。

岩魚の刺身


一言云っておきたいこと。

 魚野川を私のサイトで紹介するにあたり、この数年間、「山は誰のものではない、誰が行っても勝手。」と、「この場を人に知られたくない、荒らされたくない。」の気持のせめぎ合いで悶々としていました。本当の釣り師なら、とっくにこの水系は知っています。その事に対しては何の懸念もありませんでした。

 が、釣りの情報誌に魚野川が紹介された事がきっかけとなり気持が吹っ切れました。(詳しくはついに出てしまったか!へ)
 私は地権者でもなければ管理者でもありません。が、魚野川を愛するものとして、紹介するものとして、当たり前のことをもう一度云いたい。

 乱獲破壊に結びつく行動はやめて下さい。ヒューマンインパクトは出来るだけ少なく・・・と。   そして、
隠しても隠し通せないのなら、一人一人の常識やマナーにすがり、期待するしか解決方法は無いのだ・・・と。

 どうか、私の心情も解って下さい。 (小さなセンチメンタリズムでしょうが)

 スノーモービルのサイトと同じで「おまえがインターネットで発信するから人が来る。」との声も聞かれます。まだまだ健全な情報公開とは地元での認識は程遠く、<縄張り意識>や<誤解>、<妬み>、<すり替え>にヘキヘキしております。

 恥ずかしい話ですが、地元(信州&上州)では<土産>と称し釣り上げた岩魚を片っ端からクーラーバッグに入れ持ち帰る年輩の人がいます。昔からの習慣を捨てきれないのです。年輩者(準名人級、心情的には名人と呼びたくない)ほどマナーの類は悪いようです。(実際、2日がかりで違法な漁法も含め、釣り上げた大小関係ない50匹位の岩魚を持ち帰るのを見たことがあります)

 昔は貴重な蛋白源であったが、現代ではスーパーで買う方が遙かに時間もコストもリスクもなく手に入れられる。天然の岩魚であろうが、5時間以上もかけ背負い出せば鮮度は落ち、現地で食する岩魚とは雲泥の差が出てしまう。・・・にも関わらず、苦労して担いできたと孫に講釈を陳べ、恭しく食べさせても、飽食の時代で育った孫には生臭い川魚でしかないのです。

 失礼と思いながら「この人も後10年すれば、もう此処には来られない。」と割り切り、「この悪癖の習慣を次世代に残さないよう我々が注意するだけだ。」と思い、グッと堪えています。若輩で教わる者として、立場上強くは言えないもどかしさ

 生活のお金を稼ぐのに選択肢の無かった職漁時代と、レジャーで大勢押し掛けるゲームフィッシングでは、相も変わらない渓にはオーバーワーク。岩魚が少なくなって当然。一泊二泊しかできない急行釣り人から逃れる利口な岩魚が、やっと子孫を残しているのが現状です。

 一日に型の良い岩魚を三匹確保すれば、その夜と次の昼まで岩魚のご馳走で満足できます。無駄に命を奪わなくても良いでしょう。

 釣り人のマナーの悪さはご存じの通りでありますが、比較的、若い源流釣りの人は好感もてます。自分たちの置かれている状況を理解しているからでしょう。

 尺岩魚、入れ食いなんて話を決して信用しないで下さい。自慢話に過ぎないし、20年以上の前の話です。釣れないからと悔しいからと眼を血走らせても、いないものは、いないのです。仮にでかいのを見たとしても主(ヌシ)として不可侵としたい。

 数が釣れたとか、でかいのがいたとか、目的地に到達する意義だとか、あそこも行った、ここも行った的、征服感を満足させるような山遊びはもう止しませんか?

皆さんの良識に期待します。

 最後に、私自身、自然公園法を理解しても100%厳守していないことは自覚しております。私の行動が環境に対して大きなインパクトが出るとすれば、潔く身を引く所存であります。

 

参考文献:「渓流魚と人の自然誌 山漁」鈴野藤夫著 農文協

       「秋山紀行」鈴木牧之著


追加事項、

以下の内容は志賀高原漁業協同組合が取り決めた事柄です。遊魚証(鑑札)の件以外は概ね賛同します。

 1,遊魚証(鑑札)は、志賀高原漁業協同組合で購入して下さい。(シーズン券で、2.5千円)
 2,解禁日時は、毎年4月16日午前10時から9月30日迄です。
 3,全長20p以下はリリース。(20p以下の魚を持っていた人は、その場で全て没収されます)
 4,漁法は竿釣りで一人1本。
 5,規則違反及び無券の人は直ちに退場していただきます。

 

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必ずメールで連絡して下さい。


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