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9月17日〜19日の山行記録を何故今頃?と思う方もいるでしょう。答えは、<わざと>掲載を遅らせました。 先日(16日)の寒波を待っていたのです。2000m級の山々が雪で覆われ安易に登山できなくなるまで。 佐武流山への水無尾根ルートを紹介するに当たって、危惧することがあったのです。(また前置きです、くどくどとスミマセン) 実は、最終日の9月19日、佐武流山山頂まで、ルート探索・枝払い・印付けが終了し下山する途中、空堀(後述参照:地形呼称)で、男女8名の中高年登山者とすれ違ったのです。 何処かで、我々が作業しているのを聞き、作業者が大勢入山しているから安心と、<トレース泥棒>よろしく<図々しく>登ってきた次第で、世間では<分別盛り>の中高年の<厚顔無恥>さに<驚き>と<無念>が・・・。 『前進倶楽部』は今年で2年目の作業であるのにも関わらず、お互い登頂したい気持ちを抑え、佐武流山で200名山完登となる人1名だけを代表者として、我々と行動し登頂を果たしたのでした。 彼らがストイックなまでに作業に専念していたことを知っているので、尚更、私達の脇を「ごくろーさまです」と、スイスイ登っていく登山者に・・・。 すべての登山者がこうであるとは毛頭思っていませんが、「中には居る」と考えてしまい、日照時間・装備・天候の面で判断が難しい初冬の時期前に、ルート紹介することで、万が一遭難者が出てしまうと、2000年整備完了予定している『前進倶楽部』の盛り上がりを殺いでしまいかねないので、<冠雪するまで>をめどに、控えていました。 長々と続いた前置きにおつき合い頂ありがとうございました。それではルート紹介を始めます。
檜俣川沿いに走る林道は行政上、国道405号である。にもかかわらず、ゲートには鍵が架かり一般の人は登山道入り口まで、ダラダラと曲がりくねった砕石を敷いた林道を1時間近く歩かねばならない。 月夜立岩を仰ぎ見、正面にトマグチ沢の堰堤を見る頃、檜俣川へ、トマグチ沢沿いに降りていく真新しい丸太で作った階段(1300m)を見る。しかし、全線整備完了していないので、まだ道標の類はない。 沢音を左に聞きながら15分も降りると、檜俣川右岸の大岩の上に出る。水量は、慎重に渡ってもくるぶし迄濡れる程度で、通常では問題ない。もちろん、降雨や水に濁りがある場合には各自の判断で危険回避すべきであるのは当然の事。 以下の写真ではロープが張られているが、作業物資(丸太、チェーンソー、草刈り機など)運搬の際に安全確保のために張ったもので、通常は不要である。
渡渉すると「山脈日光三国山系、カモシカ保護地域、文化庁長野県教育会」と記された青色の看板(1180m)がある。旧道は下流にあったが、今回整備したルートは営林署の巡視路を利用している。 前出の青色看板脇から登り初め、10分もすると平坦なカラマツ林(1260m)となる。カラマツ林を抜けると急登となるが、丸太階段や、トウグワで切った整備された道で歩きやすい。 樹相はブナとなり、目通し1.2mもあろうかと思われる五葉松を過ぎ、2本の太い栂の木(1560m)がある所が、時間的にも休憩するには絶好のポイントである。よく見れば、そり道(土引き)跡もあり、先人が木を搬出している光景が脳裏に浮かぶ。この登りは、我々が印付けしたルートよりも、直登気味であるため、少々きつい。 登りは緩やかとなり、小さな窪地をポコッ、ポコッと越え、新しい倒木帯(歩きには支障無し)を抜けると、赤土の小さなザレ場(1650m)に出る。ここも休憩ポイントとなる。ここでの景観が良い。稜線の北側からは、月夜立岩が見え左後方には鳥甲山を望める。眼下には林道に置いてきた車が小さく見え、高度を稼いだことを実感する所だ。(残念、ここでフイルムが終わった。) 樹相は低木灌木で、シャクナゲの根回りに浅く取り付いている土が、落とし穴のふたとなり注意して歩かないと、無用に土をはぎ取ってしまう。一旦、ガレ場を下り、南側がキレットとなっている小さな鞍部(1770m)に出る。 96年に調査したときのビバーク地点だ。当時、ここに到達した時、19時前であった。今回は同じ時刻に出発して10時前。この9時間の差がヤブ山の強烈さを物語っている。 それにしても良くこんなところで寝ていたものだと思うほど、ビバークポイントとしては不適切な場所だ。疲労にかけて日没が迫ってきたのと、定時連絡しているうちに、「めんどくさい。ここで飯食って寝よう」と、なったのである。 無風、月明かりの中、シェラフカバーだけであったが、見渡す限り人工物のない夜の稜線を楽しみながら過ごした夜は忘れられないものとなった。 ビバーク地点から、登り上げ、樹林帯に入り暫くすると、大倒木帯のジャングルジムであったが、今回の整備作業で難なく通過できるようになった。最もひどい所はルートを北側にとって避けている。 幾重にも積み重なった風倒木をチェーンソーで不用意に切ればどうなるか?積み重なった木に係った圧力と、その方向。熟練者でも読むには難しい。伐採時に切り忘れた一本の煙草位のツルでも簡単に伐採者の命を奪うのだ。 ワルサ峰(P1870m)に着く。ここも休憩ポイントだ。ピークにはアスナロの木が天を突き刺すように生えている。
小ピークを2つ越え笹が濃くなった所が広く刈り払われている。今回『前進倶楽部』が前線基地とした地点(P1891m)である。整備される前はここから再び笹と根曲がり竹のヤブ漕ぎとなり、水を求め、水無尾根岐を目指したのだった。
尾根を一旦降り鞍部を通過し、登り上げ平坦となったところが、今回、我々がビバークした地点(1870m)だ。再度10分も登りあげると水無尾根分岐(1910m)に出、懐かしのステンレス製の道標と対面する。ここも休憩ポイントであろうか。 また、同分岐に赤ペンキで大きく水と書かれているが、不適切な印は返って人を惑わしてしまう。むやみな印付けは控えてもらいたい。 ちなみに、水場へは、この分岐からナラズ山方向へ稜線上を降り、鞍部(1810m)から赤沢源頭まで下るのである。(水場への印付けはこの鞍部にすべきである)かなり降らなければならないが、まず涸れることはない。我々はヤグルマソウの葉と木の枝で樋を作り水を汲む手法であるが馴れていないと難しい。短いホースを持参する方が賢明である。水を汲む作業も含めて、往復1時間は見た方がよいだろう。 いよいよ上信越縦走路を歩く事となる。分岐からは暫く急登となる。緩やかになり樹林帯を過ぎると、根曲がり竹の密叢地帯となるが、刈り払いが終了しているので苦にならない。(なにも知らない登山者は刈り方が荒いとか苦情を言うことでしょう) 笹が薄くなり開けた苔むした平ら(1980m)に出る。ダケカンバの巨木6本がこの一帯を囲むように生えている。この様な落ち着いた雰囲気、好きなので、ちょっと一服。 今回、どうしても、ここからのルートを確定したかったのだ。ここから後述される<池塘>(2070m)迄の間、ルートがバラバラとなり一度たりとも同じルートを辿ることが出来なかった。 最小限の装備(軽量)でルート探索する今回は、縦横に動き回れ、最良のルートを発見できる。旧道を出来るだけ忠実に辿るにはヤブの中を行ったり来たりしなければならないのだ。 旧道はあった!ヤブ山登りの常識を裏切るように、目も向けないような所に入り口があったのだ。少しでも高度を上げようとする心理をあざ笑うように旧道は平坦な方向にあった。 旧道は空堀で稜線の西側にあり、ほぼ平均勾配でのびていて、ヤブも薄く、今後整備していく上で非常に有益である。 旧道は、どんどん稜線から遠ざかっていく感じで10分程上がっていく。空堀の最高点(2020m)から稜線を目指す所が急登であるが、急登はわずかでありさほど苦にならない。 稜線(2060m)に出、谷地の様な所を過ぎると忽然と池塘(2070m)が現れる。池塘は3坪くらいで、約半分に水をたたえている。いざとなれば利用できるが、エキノコックス本土上陸の報もあり煮沸が原則である。
整備される前は前出の<苔むした平ら>(1980m)からこの池塘まで、5倍以上の時間とそれに乗じる労力がかかっていた。やっと地形の全体像を把握したのに!もう何の役にも立たない!虚しい・・・。 木々を縫うように細尾根を登り上げると、苗場山、ナラズ山、清津川方面の展望が利く見晴らしの良い所(2100m)に出る。水無尾根分岐以来、展望がなかったので、ゆっくりと眺望を楽しむ。
一旦、西側のヤブ地帯に入り、濃い根曲がり竹地帯を過ぎ、ピークを巻くようにし、再度稜線鞍部(2100m)に出る。今回、『前進倶楽部』が整備した最終地点だ。刈り払いはここまでである。 再度、西側のヤブ地帯に入り木が根ごと倒れ、表土がむしり取られた所を通過し再度稜線に出る。 『前進倶楽部』が整備した最終地点(標高2100m)から佐武流山山頂(標高2191.5m)までの水平距離600m区間は刈り払いが行われていない。ヤブ山歩き経験者の世界と、云いたい所だが、目が届く範囲毎に赤いナイロンテープで印を付けたし、ルートの見通しが利くように枝払いも頻繁に行い、「これで迷うようじゃ、どうしようもない」くらい手を加えた。(00/06/29「目印(赤)テープ」 に関連事項)ヤブ漕ぎは約30分くらいで佐武流山頂に着く。 山頂自体は地味な印象で、「何でここが200名山に?」と思ってしまうほどである。多分ここまでに至る稜線上から展開される眺望が素晴らしいのであったから選ばれたのだろう。 また、一瞬であったが、山頂手前で三国峠方面から上ノ倉山〜忠次郎山の稜線と、白砂山へ向かう赤樋(赤土居)山〜沖ノ西沢ノ頭の稜線が見えた。しっかり脳に焼き付けようとしたが、魅惑な女性そのもので「ここまでょん」っと、霧の中に消えてしまった。
来年からは、白砂山〜佐武流山間が我々の課題だ!重量軽減のためにも新規の水場を確保する必要がある。2.5万図を眺めて2〜3個所、水場の候補地が上げられるが、やはり現地で地勢と植生を読み、探すのが正道であろう。 パートナーA氏の体力の衰えもあり、ゲリラ的山行もそう長くは続かない。彼の豊富な経験と知識が活かされる間、私はパートナーであり、彼に続く。 尚、赤色のナイロンテープは紫外線のきつい所では、黄色に変色することが後日判明しました。 |
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上信越縦走路は、82年、83年の台風で荒廃後、整備が放棄された。それ以前に水無尾根ルートは放棄され、ある古い登山マップなどには「注意!!迷うから下山するな」などと書かれ、全く見捨てられたルートであったのである。 秋山郷は和山温泉。檜俣川沿いに走る林道の途中、トマグチ沢からワルサ峰を経由し、上信越縦走路に向かう水無尾根ルート。このルートの復活に向けてルート探索を始めたのが山のパートナーA氏である。 95年、当初彼は単独でこの作業に取りかかったが、「ロートルゆえ(本人が言っている)作業がはかどらない」と協力者を求めていた。 しかし、通常のヤブ山登山の様に<やみくも>に山頂を目指すスタイルと違い、先人の残した<古道>を出来るだけ忠実に辿り、後人のために利用しやすくするための作業を行うため、距離を稼げず、あまりにも苦労を強いられるので、なかなか協力者が得られない。 水無尾根に限らず上信越縦走路全般の復活を見据えた構想。まして、どこからも財政支援のない純粋なボランティアであれば・・・・・。 当時、たまたまその話を聞き、そのドンキホーテのような構想に、その場で「おもしろい!是非協力させてくれ」と申し出たわけである。(と、云うことは私は、パンチョか?・・・太っちゃいないが・・・) 翌年、96年にはA氏と共に水無尾根から上信越縦走路分岐までルート探索と水場の確認を終了し、97年には白砂山から佐武流山を経由し水無尾根を下る縦走を行い、構想の一部が実現化したのである。 ここでA氏と私の名誉にかけて書きとどめておくことがある。 今回、『栄村秋山郷観光協会、前進倶楽部』が行っている<佐武流山登山道復活作戦>と、『我々』とは<登山道復活>の点では目的が一致するが、決して同一の思惑・哲学によって一致するモノではない。 ましてA氏においては83年からの実績があり、単なる思いつきの行動でないことを付き加えておく。 |
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16号台風が抜けた後17号台風が秋雨前線を刺激し16日は1日中荒天。降雨の中2000m級のヤブ山縦走は無謀であるため、急遽山行を変更することとなった。 前記した目的の<白砂山〜佐武流山間のルートを固定化>を次回に送り、<水無尾根分岐から佐武流山頂までのルート探索と印付け>を最重要作業項目とした。 作業内容を簡単に報告します。 17日、(霧のち雨)トマグチ沢、水無尾根より入山し後10分程で縦走路となる所(標高1870m)をベースキャンプと決め、天幕を張り終えると降雨となる。ベースキャンプの設営後、水場の確認とルート探索を予定していたが、キャンセルし明るい内から到着祝いとする。 18日、(霧時々霧雨)水無尾根分岐から作業開始。佐武流山北、水平距離で300m地点(標高2130m)までのルート探索、枝払いと印付けを行う。 19日、(曇り時々晴れ)前日の残り、佐武流山頂(標高2191.5m)までの作業終了。予定した作業を完了し、思い残すことなく水無尾根からトマグチ沢へ下山。『前進倶楽部』と合流し反省会後解散。 一方、『前進倶楽部』側の作業はワルサ峰から佐武流山北、水平距離で600m地点(標高2100m)まで刈り払い終了。 以上速報まで、詳細は後日山行記に掲載します。 追記:ヤブ山の経験、ルート探索が出来ない人は現時点での入山は控えて下さい。 |
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今年も『栄村秋山郷観光協会、前進倶楽部』が水無尾根ルート(檜俣枝川支流トマグチ沢〜ワルサ峰〜水無尾根分岐〜佐武流山)復活に向けて、今月18日(土曜)から19日(日曜)の1泊2日で作業をする予定です。 一方、我々は一昨年に行った縦走(97/08/19)佐武流山で十分な調査と整備が出来なかった反省から、今回は今月17日(金曜)から19日(日曜)の2泊3日で丁寧な調査山行にする予定です。 2日目には『前進倶楽部』側と合流し、今回の調査を報告して来年の整備完成に役立てて頂きます。 今回の調査山行の大きな目的は、 1、来年整備予定の佐武流山頂から水無尾根分岐までのルート探索と印付け。 2、白砂山〜佐武流山間の随所にある固定化されていないルートを固定するための作業。 で、あります。 『前進倶楽部』の作業目的は、和山温泉から佐武流山へのピストン道の整備であり、苗場山〜白砂山間の上信越境縦走コース全体の復活に向けた整備ではない。 したがって、赤倉山〜ナラズ山〜水無尾根分岐間と、白砂山〜赤土居山(赤樋山)〜佐武流山間が未整備区間として残存する。 そこで、前記2、の作業を行うことにより現在多数ある迷い道と目印を一本化し、縦走者を導き、踏み跡を濃くすることで少しでもルートを保全出来ると考えたからです。 一部のルートファインデイングが出来る人には申し訳ないと思いますが、これもルート保全の一環と受け止めていただきたく思います。 それでは、天候と安全を祈願し佐武流山調査山行の予告を終わります。 結果は速報も含め、出来る限り早く掲載します。ご期待下さい。 |
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先日、佐武流山の登頂を目指す方から付近の残雪状況の問い合わせがあり、簡単にお伝えしたところ、登山計画書に続き山行記までメールを頂きました。残念ながら途中撤退となったようですが、完全なる勇気ある撤退であります。(こんな言葉本当にあるのかな?)このような山行記こそ多くの人々に読んで頂きたい。また、詳細な内容であるため一昨年の記憶が鮮明に蘇りとても興味深く読ませて頂きました。 佐武流山を秘峰のうちに登頂を果たそうと考える人がいることに新鮮な驚きと感銘を受けましたが、頂いた山行記の内容の中で一部気になる部分があったので、Yosidaさんの了解を受け掲載することにしました。掲載に対して快く許諾して頂いたYosidaさんにこの場でお礼申し上げます。 さて、気になる部分とは、事前調査なしで入山する登山者が相変わらずいる点です。下記の山行記に登場する<半袖の登山者>や<女性の単独登山者>は私に云わせれば<無謀登山者>でしかありません。 なにも、<半袖>や<単独>や<女性>が<無謀登山者>と云っているのではありません。問題視しているのは、山に対する<姿勢>であります。本人が気付かず危険を背負っている姿は、ある人から見れば滑稽でもありますが、命に関わることであれば、笑って見ているわけにはいきません。もう少し山に対する<姿勢>を真剣に考える必要があります。何せ命を賭けた遊びなのだから。 またまた前置きが長くなりました。それではYosidaさんの山行記をご覧下さい。
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19日、ついに佐武流山の登頂を果たしました。(白砂山−佐武流山−ワルサ峰−和山)今回の縦走は、和山−信越境縦走路の復元に向けて昨年と、一昨年のテープ付けの仕上げとして調査登山です。水無尾根ル−トが復元されれば、佐武流山への最短コースとなり、縦走の場合、エスケープコースとしても利用できます。 アー疲れた。何せ重装備の上、水を6リッター、おまけに鉈をふるいながら歩いたもので。 山行記としては異例ですが、以下に新潟大学のワンダーフォーゲル部とのメールの通信記録を掲載します。 読みづらいかもしれませんが、内容は濃いです。
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