山からの声'99


ご意見、ご希望、ご感想、お待ちしております。

99/12/07「ミレニアム登山」

 申し込み期日が迫っています。しかし、年末年始で、 二泊三日で19,990円、(さすがに1,999円には出来なかったか) しかも、カルチャーの匂いがし、標高と西暦がキーワード。面白い企画だと思います。

 尚、募集要項はもう少し詳細です。下記の破風・土鍋越年登山 実行委員会へお問い合わせ下さい。それではよいお年を、じゃな かった、ご検討下さい。以下許諾した原文の抜粋。

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人生に2度とない,夢のミレミアム企画に参加しませんか!

募集 君のパワーの試練と思索のチャンス

さようなら1999年,おめでとう2000年

上信越国境  破風岳(1999M)・土鍋山(2000M)越年登山

 日本列島分水嶺にある破風岳は標高1999m、隣の土鍋山は2000m、 西暦年号とちょうど周じ、ミレニアム(1000年紀)登山にふさわしい。 二十世紀の最終年を意義あるものにするために、安全第一を前提 として、往く年を破風岳登山でしめくくり、来る年を土鍋山の登山で 出発をかざる。

 厳しい冬の大自然に接し、自然と入間の共存のあり 方を思索し、地球環境浄化の二十一世紀への厳粛な移行のチャン スとする。こうした願いで下記の要項により参加者の募集をします。 奮ってご参加いただきたくご案内いたします。

◇主催者  信州高山ミリ二アム破風・土鍋越年登山実行委員会

◇期日     1999年12月30日〜2000年1月1日

◇日程12月30日(木)

     15:30〜18:00  受付(参加費納入) 場所 長野県上高井郡高山村山田温泉 老人福祉センター松の湯荘

     18:05〜20:00  結団式、登山説明、ウェルカムパーティ,入浴・準備確認
     21:30       消灯

    12月31日(金〉*天候等によりずれることあり。

     6:30        朝食
     7:30        出発(ワゴン車に分乗で毛無峠へ〉
     10:00       登山(毛無峠より破風岳に,昼食)
     12:00       破風岳下山開始
     13:30       毛無峠発〈帰路.ワゴン車分乗)
     15:00       松の湯荘着 自由時間
     18:00       夕食 21:30    消灯     

   1月元旦(土)*天候等によりずれることあり。

     6:30        朝食 7:30 出発〈ワゴン車に分乗)
     9:30        登山(毛無峠より士銅山に、昼食)
     12:30       土鍋山下山開始
     14:00       毛無峠出発(帰路、ワゴン車分乗)
     15:30       松の湯荘着
     15:45       解団式、解散

※天候により当日、破風岳・土鍋山登山を、老の倉山or笠岳などに変更ることがあります。

◇参加費     一人1万9990円 但し受付から解散時迄の保険料および宿泊・食費、運送費を含みます。

◇募集人数    50人〈多数の場合は選考となります)

◇申込期日    1999年12月24日(金)

◇申込・聞合せ先 〒382-0825長野県上高井郡高山村大字高井4972

            高山村商工会館内 破風・土鍋越年登山実行委員会

            TEL 026−248−0582 FAX 026−248-5124

99/10/10「暗い山行」

 天候は快晴、紅葉もまずまず。今日も気分良く山歩きが出来そうだ。ところが・・・・・。

 前回、山行記(破風岳、土鍋山)でも紹介した破風岳山頂の様相が変化していたのだ。ある登山者が登頂記念にと立てた白い杭(10×5cm高さ1.2m)が無くなっていたのである。

 杭の前面には「破風岳1999.9.9.9人」と書かれ、裏には遠慮がちにグループ名と氏名が書かれていた。そしてそれに触発されるにかのように大勢の署名が続いていたのだ。

 どこかの山頂みたいにプレートと杭だらけになることを嫌い抜き去ってしまったのだろうか?または、「おらが縄張りに勝手なものを押っ立てやがって」的心理から抜き去られたのだろうか? デザインも良く景観を損ねるような主張むき出しの杭ではなかったのに・・・・・。9が6個も続くことに茶目っ気を出し、思わず微笑みたくなるような杭だったのに・・・・・。

(どこかの村長みたいに自分の名前を石碑や定礎にやたらと書かせる行為の方が余程見苦しい)

 陰湿な行為に暗い気分となった山行でした。そして土鍋山でも・・・・・。

 それは、元々あった木の杭に書かれた標高の「1999m」をマジックでわざわざ×印で消し、「2000m」と手書きで訂正されていたのである。更にその横には訂正を訂正するように「一等三角点は1999.4m」と。

  どうしても標高を2000mにしたい人がいるみたいだ。確かに頂上に三角点があるとは限らない。頂上から逸れたところに三角点があることはよくある。しかし設置されている杭に自分の主張を押し通すかの如くの訂正には理解しがたい。明らかに誤りがある場合は別だが・・・・・。

 遅れていますが、<佐武流山99>と<御飯岳>は近々掲載します。もう少しお待ち下さい。

99/08/14「ルート消失」

 昨日1週間ぶりに魚野川から帰ってきました。のんびり釣りと 岩魚料理三昧で少々飽きが・・・うそ!、もっと居たかったー!。

 昨年の台風6号が9月の15日〜16日にかけてもたらした降雨は、六合村でも昭和57年の台風10号に匹敵する増水となった。魚野川でもかなりの増水となったはずだ。

 しかし、思っていたほどの荒廃もなく、かえって流木や土石流でたい積した土砂が洗い流され、スッキリした印象を受けました。大きく変わった所は、イワスゴゼンの巻き道でした。

 左岸下流の取り付き部が幅20m高さ3m程が崩れ落ち、例年利用していたルートが消失していた。元々いつ崩れてもおかしくない貧弱で、危険なルートだったので、そんなに落胆もせず、新ルートを探すことが出来ました。

 新ルートは、旧ルートの更に上部にあり、大きく巻くことなく安全に通過できました。以上報告まで。

99/07/04「タケノコ採り」

 今年も無事、恒例のタケノコ採りが終了しました。タケノコといっても孟宗竹や破竹ではありません。根曲がり竹のタケノコです。正式名称は千島笹(チシマザサ)で、私の住む地域では平竹(ヘイチク)と呼んでいます。太さは親指くらいで長さは3m位になります。そのタケノコが20センチ位に生長したところでポキポキと手で折ってくるのです。

 例年では、今が最盛期なんですが今年の梅雨は降雨量が多く長く続いたため「あっ」という間に成長してしまいました。また、積雪が少なく雪解けが早かったせいかタケノコの出る場所にムラが出来、豊作の時の様に短時間で大量に採る訳にはいきませんでした。

  沢沿いや日の当たらない所は、遅くまで残雪があったため、例年通りの出方でありましたが、日当たりの良い所や風が強く当たるような所は数が少なく、したがって藪こぎの連続で随分苦労しました。 さて、タケノコ採りの実感が解らない人のために、<じねん流>タケノコ採りの実態を紹介します。

《スタイル》

タケノコ採りスタイル
この時のタケノコの総重量47kgでした。

【頭部】
日本手拭い。
 バンダナの様に使う。(呼び名は知らない)姉さんかぶり、ほっかむり、マチコ巻きではない。(念のため)上目使いの時、視界が利かないので帽子はかぶらない。帽子はしょっちゅう枝や竹に取られあまり役に立たない。以外であろうが竹や枝からの防備としては日本手拭いは優秀である。

【頸部】
タオル。
 なぜか頸にはタオルを使用するのが習慣となった。胸や背中にゴミが進入するのを防いだり汗を拭くのはこれが良いのかもしれない。

【腕部】
手っ甲(使い古しの靴下)。
 これがなかなかのアイテムとなる。私はこれ以上の手っ甲を見たことがない。

 まず、作り方。靴下の先端を4センチ程はさみで切り裂く。次に、1センチ程離して更に1センチ程切り裂く。つまり大小の穴が靴下の先に二個出来たわけだ。開けた小さな穴の方に親指、大きな穴の方に残りの指を通し肘上までたくし上げるとオリジナルの手っ甲の完成!

 登山道を歩く際は、半袖のTシャツに、この手っ甲を付け脇下まで手っ甲をたくし上げる。すると、前、上腕部は虫から守られ、脇下はベンチレーションが利き、暑い日などはとても快適である。そして本番のタケノコ採りの際には、長袖の上に手っ甲がかぶるようにし、軍手をすればもう完璧!袖からの枝やゴミの進入をシャットアウト。

 降雨の際は雨合羽の上からすれば、手を挙げても袖から雨の進入を最小限に止める。私はタケノコ採りに限らず沢登りなどに応用しております。

 靴下の種類はネクタイ族の人たちが履く化繊の厚い伸縮性に富んだモノが良いようです。

【足部】
脚絆(キャハン)。
 山仕事用で、脛にワイヤーが入っているもので、誤ってチェーンソーで切っても保護される。それでもって軽いという優れもの。鞭のようにしなってくる竹や灌木から脛を保護します。

地下足袋。
 スパイク付きの地下足袋を使用した事もありましたが、少々重く、高価であるため最近は五枚コハゼのふつうの地下足袋。馴れていない人は指先を痛めたり、指先が割れているので草や竹に挟まったりで敬遠するが、重心より高く足をあげる事の多いタケノコ採りには軽い地下足袋がベストです。

【服装】
下着。
 パンツとTシャツ。色つき&古いもの。霧や降雨の際、竹の煤(スス)?で下着が真っ黒になります。洗濯しても落ちない頑固な汚れです。

つなぎ。
 腰回りからの枝やゴミの進入を防ぐには効果があるのですが、私の着ているつなぎには難点があります。丈夫な点では問題はないのですが、綿100%で伸縮性が無いため、汗や雨で濡れると突っ張りスムーズに動けません。少々割高になっても伸縮性、特に腰部に伸縮性のあるタイプのつなぎをお薦めします。

 登山の服装のように保温、通気、乾燥、肌触りに気を使いたいところですが、何せ藪の中で地べたを這いずり回るので、高価な登山用の衣服は使えない。短時間勝負の山菜採りでは快適さより機能優先となるのです。しかし、この機能優先完全防備で、今までタケノコ採りで笹ダニに刺されたことは一回だけです。顔の擦り傷は毎回ですが(^^x)。

【装備】
背負子。(しょいご)
 私の採る場所では背負子を背負ったまま藪こぎはしないので、これを使用しております。通気性に富んだズタ袋に採ってきたタケノコを交互に詰め、満杯になったら背負子にくくり付け車まで背負い出します。

 背負子で藪こぎをすると、多分一歩も動けなくなる事態となるでしょう。以前、タケノコ採りで藪こぎをする際にキスリングを使用していましたが、サイドポケットが竹に引っかかり、カニ歩きしなければならずとても苦労でした。近年の筒型のザックがベストなのですが、中が汚れ匂いも残ります。ザックの中にビニールを入れる手もあるのですが、蒸れてしまい一気に鮮度が落ち苦労のかいが酬われません。 

 登山道を片道1時間以上の距離(沢を2本渉る)で35〜40Kgを担ぐのは山遊びのトレーニングには最適。最初の2日間はさすがに疲れますが、馴れてくると空身と同じ時間で歩けるようになり、何と云っても車に着いてから飲むビールの旨いこと!(おっと、飲酒運転はいけませんよ)

採り袋。
 よく酒屋さんが、使っている前掛けを利用して自作します。

 作り方は、前掛けの部分を半分で折り返し、両サイドを縫います。これで大きなポケットが出来ました。次に両サイドの腰ひもをクロスさせ、ポケットの両サイドに縫いつけます。これで、肩で採り袋をカンガルーのようにぶら下げるようになります。次にポケットの両サイド中央部に腰ひも(丈夫なひもなら何でも良い)を左右に縫いつけます。これで、ブラブラする採り袋を腰に結びつけられます。

 背負い籠で採っている人もいますが、屈んだときや、転んだときに籠の中身をぼろぼろ落としてしまい、見ていて可哀想になってきます。創意工夫をこらし苦労を最小限にとどめたいものです。

防水ラジオ。
 一般的には熊よけに鳴らすと云われていますが、音の灯台代わりに利用するのが本来です。熊が怖けりゃ採る前に「これから人が入りますよ」と伝えれば良いのです。また、雨や霧の時には熊も濡れるのを嫌い行動しません。仮に行動しても登山道や沢を利用するのであまり気にしませんが、熊もタケノコを食べに来ているのは事実です。真新しいホカホカの糞をよく見かけます。

 音の灯台とは、ラジオを最大ボリュームにし登山道脇の高い木につるします。そして、ラジオの音を背後にし藪に突入するのです。タケノコを採る範囲は寝転がって手の届く範囲とし、とにかく音を背後に真っ直ぐジグザグに奥を目指します。

 採り袋の中身が半分になるか、ラジオの音が聞こえなくなる地点でラジオの音を目指し引き返します。このとき進入してきた横を採りながら帰るのです。このような採り方をせず、てんで勝手に採ると自分が採った跡に頻繁に遭遇してしまい無駄歩きをしてしまいます。

 採り袋が満杯になると約10Kgのタケノコが採れたことになります。これを4回繰り返す(4ラウンド)のです。

 そして、ラジオを中心とした島(シマ)を採り尽くすと、登山道を奥(渋沢ダム側)へ、奥へと移動して行くのです。大雨が降らない限り、ほぼ毎日採りに行く・・・と、云うより、タケノコは待ってくれないから毎日採りに行くので、このように効率よくとれる方法をとっています。

 「他の人に採られると歯抜けになって同じじゃないか」と、思われるかもしれませんが、良いんです。山は山ほどあります。人が嫌がって来ない奥へ奥へ行けば良いんです。競争してまで採るぐらいなら私は採りに行きません。

 よく、「朝早く出て人が来ないうちに採る」なんて自慢げに云う人がいますが、おかしいと思いませんか?自分さえよければ的、生き馬の目を抜く様な山菜採りはコソコソして泥棒のようで私は好きになれません。

 第一、最近は万座や志賀高原(車から降りてすぐ採れる)の方へ採りに行く人ばかりで、一時間以上も歩かなければならない野反湖の奥に採りに来る<つわもの?>はほとんどいなくなりました。

雨合羽。
 降雨や霧の時に雨合羽を着ていないと10mも藪こぎをすればパンツまでビッショリ。雨合羽の上から脚絆と手っ甲を付けるスタイルです。
 ゴアテックス?ふざけるな!ゴム引き雨合羽で十分!いや!ほんとはゴアが良い。 でも、あのハードな動きには耐えられないし、コストも見合わない。(そりゃ安ければゴアが良いのに決まってるけど)

《7月3日の行動パターン》

9時30分 自宅出発。標高995m

 今日で5日目。しかし、山菜採りとしては異例の出発時間。これが、じねん流と云いたいところだが、単に前日寝るのが遅いだけ。何故遅い就寝となるのかは、最後まで読むと解ります。

10時00分 野反湖北端(白砂山登山口)着。標高1530m

 途中車中にて握り飯を一個頬張る。今日は雨が降っているのでここから雨合羽を着る。身支度を整え、白砂山登山口から歩き始める。

10時10分 ハンノキ沢通過。標高1500m   

10時40分 地蔵峠着。標高1610m

 地蔵に入山の挨拶をし10分程休憩。

11時00分 北沢通過。標高1550m

 初日はこの付近から採り始めるのだが、今は大倉山の荒砥沢手前まで足を延ばしている。参考地図はここで(位置は地図の右端です)。

11時20分 荒砥沢手前着。標高1750m

 ラジオをセットし、採り始める。ここは日当たりの良い平らなので今年のタケノコは細くて少ない。採るコツは一本採る間に次のタケノコを探すこと。とにかく無駄歩きは出来るだけ避け、取り残しの無いよう十分目配せすること。タケノコの場合、取り尽くしても次から次に生えてくるので絶えることはない。どだいタケノコを人の手で取り尽くすなんて不可能である。

 また、このときの藪こぎが山や沢遊びに大いに役立ちます。空身で1時間に800m進めれば良い方ですが藪が全然苦にならないからです。確かにシャクナゲやハイマツの藪こぎも大変ですが、規模が違います。

 根曲がり竹の藪こぎは経験していると、していないのでは大きな違いが出ます。多分、根曲がり竹の藪こぎを経験していない人なら、1時間もしない内に精神的に萎えてしまうことでしょう。

 木に登らないと先が見えない藪、全体重を使い突破しなければ進めない密な部分、蒸れて暑い藪、足を取られ雨が降ればツルツル滑る竹、鞭のようにしなってくる枯れた竹、目を突く恐怖と戦いながら突き進む藪こぎは経験することで克服するしかないのです。

12時40分 荒砥沢手前出発。標高1750m

 不作なので4ラウンド採っても、30Kg位しか採れない。仕方ないので、後の始末を考えながら細いタケノコまで手を出す。つらい!何故かは最後まで読むと解ります。

12時55分 北沢着。標高1550m

 昼食、握り飯を2個頬張るが、あいにくの降雨で寒く25分程の休憩。

13時40分 地蔵峠着。標高1610m

 地蔵に下山の挨拶と収穫のお礼をし10分程休憩。

 帰路毎年思うことは、登山靴のことです。

 地蔵峠から渋沢ダム方面は登山者はほとんどいないので、5日目を過ぎた頃には、私の付ける踏み跡しか残らなくなってくる。特に荷を背負って帰る際の悪場では、足の踏み場は決まってしまい、快適な階段状の踏み跡となり、とても気に入っている。誤解のないように云っておくが、階段状の踏み跡は削って作ったのではなく、<踏み固めて>出来たモノです。

 問題は、地蔵峠〜白砂山登山口間の登山道だ。厚く堅い登山靴のソールでスリップされた<我が踏み跡?>が、無惨にも削られ、次の足の置き場を新たに探すとき、何ともいえない疲労感を感じるのです。

 表土の下には粘土or砂礫or岩盤で構成されています。登山道では大勢の人が歩くため、少しずつ表土と粘土部が削られ、赤茶けた砂礫部が露出して、更に追い打ちをかけるように雨が降ると、場所によると登山道は小沢となり荒廃していきます。

 私たちは歩くだけでも<自然破壊>していることに気づくべきです。3センチの表土が出来るまでに標高の高い所では、2000〜3000年かかると云われています。バクテリアの分解能力が劣っているためです。知っていました?私も最近知りました。

 (参考までに。高層湿原に踏み入れた一歩が回復するのに100年〜150年!何という私たちの罪の奥深さ!合掌。)

 横道にそれました。思いを馳せてみましょう。地下足袋もなかった頃の山道に。確かに地形によっては現在と同じ様相の部分もあったでしょう。しかし表土の露出している所では、昔の民家でよく見られた<土間>のように踏み固められた様になっていたはずです。すばらしい!

 登山靴と地下足袋とでは歩き方が違うのは十分承知しております。しかし、登山靴の方が遙かにスリップしない構造となっているはずです。にもかかわらず、不思議に思うほどスリップ痕が多数ある。

 私は地下足袋登山派でありますが、場所によっては登山靴も愛用しております。その際、地下足袋により培われた体重移動や足裁きは十二分に役に立っております。大地を踏みしめるように歩けば、不要なスリップはしないものです。

 普段はき慣れていない登山靴で足元を気にせず歩き、スリップし手を擦りむいたり、衣服を泥だらけにしている登山者を見るにつけ、案外こんなところに滑落事故の原因が潜んでいるのでは?と、登山靴についてあれやこれやと考えてしまうのです。

14時10分 ハンノキ沢通過。標高1500m 

 最後の急登を一気に登り上がる。

14時30分 野反湖北端(白砂山登山口)着。標高1530m

 車に到着。雨は小降りとなったが、相変わらず寒い。ヒーターを最高にし野反湖を後にする。

4時50分 花敷温泉着。標高820m

 帰路途中温泉があることはありがたい。共同風呂に入り、汗と汚れを洗い流す。風呂上がりのビールが旨いこと!(おっと、飲酒運転はいけませんよ)

15時30分 自宅着。標高995m

 ここからがタケノコ採りの第2ラウンド。部屋の中にビニールシートを敷き、採ってきたタケノコを下ろす。ここからは妻と二人の共同作業だ。

 まずは、包丁で、タケノコの先端を斜めにカット。次に、カットした部分から元の方へ切り込みを入れる。包丁の刃の当て方が微妙であるが、この切り込む技術がこの後の皮むきのスピードを左右するので気を抜けない。

 ある程度切り込みを入れたタケノコの数が揃うと、皮むきを始める。先端部分からバリバリと剥いていくのだが、タケノコの先端を折らないよう、先端をきれいに剥くのに、熟練を要する。

 実際に数えたことは無いが、一回で採ってくる数は700〜800本位はある。それを一本一本手で剥いていくのである。鉛筆のように細いタケノコも親指位のも剥く手間は同じ。

 数ではなく量で瓶詰めの本数が決まってくる。したがって、どうせ採るなら太いタケノコを採ってこないと、自宅に帰ってからの作業時間が長くなる。だから細いタケノコしか採れない島(シマ)に当たるとつらいのだ。

 手元の微妙な作業のため、大好きなアルコールもビールとし、酔わないようにチョビチョビやるしかない。山菜の基本はその日の内に処理する事。次の日に回すとアクが回ったり堅くなったりでろくな事がない。

 ある程度剥いたタケノコの数が揃うと、節抜きを始める。堅い節を気にせず食べられるのは先端から8センチ程度。それより元の方で食べられるのは、節の上の部分。それを包丁で当たって微妙な感覚で切り分けていく。

 これらの作業を順次行いながら、その合間に瓶詰め用の瓶とキャップを煮沸消毒したりする。とにかく黙々と・・・延々と・・・。

 次々に積み上げられる大量の皮と節の山。約6割が食べられない部分だ。40Kg背負ってきても、24Kgを捨ててしまう計算だ!

 よく人から、「現地(山)で剥いてくればいい」なんて云われますが、とんでもない。第1、に皮が背負い出すときにクッションの役目をし、中身を保護しているからだ。第2に、剥いてすぐ熱処理しないと鮮度が落ちる。苦労でも、昔から行われているよう、背負い出すしかないのだ。

 皮むきをしているとき毎年話題になることが3点あります。妻には「毎年同じ事云ってるね」と笑われてしまいますが。以下、会話形式で。

【話題1】

じねん:「もっと楽なやり方を発見したぞ。」

     「タケノコを採るのを猿にやってもらい、運び出すのをカモシカに任せるのだ。」

     「それでもって皮むきも猿に任せる。」

妻:  「どうやってお願いするの?」

じねん:「お願いじゃなく調教するんだ。」

妻:  「じゃあ、飼うって事?」

じねん:「そりゃ、そうだ。都合の良いときだけ手伝えって云ったって聞きやしないだろう。」

妻:  「餌代はどうするの?」

じねん:「・・・・・・・・・・・・・。」

単純作業を繰り返している内に、頭の中が腐ってくる。

【話題2】

じねん:「この捨てる皮と節、何とか利用できないかなぁ。」

妻:  「堆肥くらいには成るんじゃない。」

じねん:「この時期、信州あたりでも大量に出るこのゴミが商品として活かせれば億万長者なんだがなぁ。」

妻:  「傷みの早いタケノコを回収する手だては?」

じねん:「・・・・・・・・・・・・・。」

押さえていた欲望が煩悩と共に浮かび上がってくる。

【話題3】

じねん:「皮むき自動化システムを発明すれば、そのロイヤリティー高く売れるだろうなぁ。」

妻:  「もう有るみたいよ。テレビで見たもの。」

じねん:「・・・・・・・・・・・・・・。」

タケノコを採るのは楽しいのだが、タケノコ剥きは苦手で、

この作業から逃れたいという深層心理からかロクデモナイ事を考えてしまうようです。

19時30分 皮むき終了

 いよいよ瓶詰め作業だ。缶詰と同じ要領で作る。冷暗所におけば、室内でも5年は持つが私は3年で使い切っている。

 作り方は、湯通ししたタケノコを冷水で冷やし、瓶に先端部と胴部を見ためよく入れる。次に水を擦り切りいっぱい入れ塩を少々入れ、キャップを軽く閉める(内容物が寸胴の中に出てしまわないための処置である)。

 次に、湯が沸騰している寸胴にその瓶を入れるのだが、湯の量はすべての瓶(私の寸胴では一回に7本入る)が入った時点で、キャップから1センチくらいかぶる量である。そのまま20分間火にかけておく。

 20分後、厚手のゴム手袋を妻と共にし作業に取りかかる。私が沸騰する寸胴から瓶を取り出し、台の上に置く。妻が、瓶の胴部分を両手でホ−ルドし、私がキャップを閉める。このとき力任せにキャップを閉めるとパッキンが切れ腐れの原因となる。

 閉め終わった瓶を今度は逆さまにして寸胴に戻す。このキャップ締めの作業を迅速に行うことが、腐れを最小限に押さえるコツのようだ。すべての瓶のキヤップが閉め終わると、更に20分間火にかけておく。20分後寸胴から取り出し1サイクル終了。

 以上の作業を私の場合、4サイクルですべての瓶詰めが終了する。専門でやっているところでは一回に20本もできる設備を持っているが、一般家庭のガスコンロでは1サイクルに7本が限度であろう。

22時30分 瓶詰め終了。

 瓶詰めされたタケノコは、お使いものや来客のお土産として使っている。実費は瓶代60円、キャップ代15円、であるが、出来上がったタケノコの瓶詰めにはお金に換えがたい想いがこもる。

 実際、一瓶1000円で50本譲ってくれと申し出があったが、断りました。一般感覚ではあの位の量だと一瓶1000円で仕入れるのが妥当な線なのでしょう。そういう業者には中国や台湾原産の防腐剤漬けになった輸入タケノコを仕入れて下さいと云っている。(私のには少々の塩しか入っていない)

 やっと本格的な晩酌時間。これで、朝が遅い理由がおわかり頂けたと思います。

 ちなみに、純粋にタケノコ採りにかかる時間は約4時間、処理にかかる時間は約7時間です。

23時50分 就寝。

 長文におつき合い頂ありがとうございました。

99/05/22「山岳遭難保険制度、其の1」

 昨年の12月12日、山と渓谷社の山BBSに、「山岳遭難保険制度」に関して、論議しようと呼びかけたのですが、誰からも反応が無く、落胆しておりました。

 山で遭難した時、捜索費用にどの位かかるか、一般の人どころか登山を趣味としている人でさえあまり知られていません。例えばへりを使い、捜索員30人体制で2日間捜索したとすれば、(地域、捜索方法、季節にもよりますが)150〜200万円位の費用がかかります。

 県警へりの使用料や警官の人件費は請求されませんが、へりが整備中であったり性能の違いによって民間へりに頼らざるをえない事もありますし、案内人となる地元の消防団や山岳会の人たちには当然、日当を支払わなければなりません。

 それらの費用を分担・軽減するために、「山岳遭難保険制度」がある訳なのですが、現状はあまりにも・・・。私が加入している保険を例に挙げます。

一口、年間加入費 9,000円 3口まで、
死亡給付金
後遺症給付金
遭難捜索費用
1名につき

150万円
 4.5〜150万円
100万円

であります。

 岳人の命の値段なんとまあ安いものですね。しかも年間加入費の高いこと。加入者の少なさが、この設定に現れているとも云われていますが、本当に それだけなのでしょうか?

 そんなことを、メジャーとなった山と渓谷社の山BBSで同じ趣味をもつもの同士で論議し合おうと思っていたのですが、残念ながら当時は論議には至りませんでした。

 ところが、なんと。5月10日に前出のBBSをふと覗くと「山岳遭難保険制度」について活発に情報交換が行われているではありませんか。しかし、情報交換の内容は保険の会社名やサービス内容に触れるものばかりで、そもそも何故「山岳遭難保険制度」が必要なのか?給付金は妥当な額なのか?私たちの望むカタチとは?

 その様な論議に発展していなかったので、「誰にも遭難の危険性を背負いながら行動していることに気付くべきで、山岳遭難保険制度の役割とかありようを考えることが遭難防止につながるのでは?」と、提案してみたのです。

 反応はすぐあり、<無謀登山><自己責任><登山計画書><マスコミ><山ヤ業界自前の救助組織><税金><海洋遭難と山岳遭難><山登りスタイル><ナルシーで閉鎖的><冒険登山><山と日本人の歴史><中高年登山><日本百名山>等々いろいろなキーワードが出てきて大勢の意見を聞くことが出来ましたが、10日もするとこの問題から撤退する人たちが出てきました。

 この問題は決して一過性の話題ではなく閉塞させてはならないと考え、「力まず休まず、静かに熱く燃え続けよう」と、再提案しました。嬉しいことに離れかけていた人たちが再度この問題に振り向いてくれたのです。そこで得られた情報にすばらしいモノがありました。登山界の現場の指導的立場にある人の意見が昨年のある雑誌に載っていたそうです。その記事を下記に掲載します。

<登山者にとって理想の山岳保険とは>
『加入に迷うこともない安い掛け金で、所属団体のあるなしにかかわらず初心者から ベテランまでが加入でき、国内外の事故から病気まで、山に関わるトラブルすべてに 対応できる登山共済で、給付金に関しては、死亡金は少な目にし、捜索費用に重点を 置く。そして共済金の一部で救助網や救助隊の整備、安全教育など啓蒙活動も行い、 登山者自身が管理運営する登山者のための機構である』

 すばらしい!全てがこの一文の中に入っています。この理想を実現化できれば、堂々と 登山大国ニッポンと胸を張れます。 権威・団体・地域主義を排した、本筋をついた考え方にとても共感 しました。 しかし、この様な考え方を持っている「登山界の現場の指導的立場 にある」、「人」がいながら何故実現化できないのでしょうか?何が 障害となっているのでしょうか?・・・なにも見えてきません。現在も論議は続いています。(山と渓谷社の山BBSはここ

追記:前記の「いろいろなキーワード」について後日掲載したいと思います。

後日談。

 なかなか良い所まで論議は進んだのですが、残念ながら匿名さんの横槍で論議が中断しました。論議から外れないよう論議に関する全ての投稿をTEXT形式のファイルとして持ってお ります。

 法律に詳しい知人に聞いたところ、「音楽のデープと同じ意味で、HP等に掲載しない限り、TEX T内容を個人的に交換するのは違法ではない」との回答でした。

 そこで、論議の始まりから中断までの投稿内容(論議以外の投稿は省いております)を 希望者にメールでお送りします。内容は「山渓BBS資料5.txt」102Kbです。

 真剣に読めば2時間位かかりますが、非常に多岐で深く、考えさせられる事柄ばかりであります。一人でも多くの方に読んでもらえる事を切に願っています。

 「山渓BBS資料5.txt希望」とメール下さい。出来る限り早くお送りいたします。

99/03/31「地球法廷」

  久しぶりにネットサーフィンしていたらとても興味深いサイトに行き着きました。それは、NHKインターネット討論地球法廷のサイトで、『あなたは遺伝子操作を認めますか?』と題された中で論議されている内容でした。

 遺伝子操作を考える4つの論点に分かれて、各ケーススタディーを読み、論点に則して遺伝子操作することの是非について、活発に掲示板で意見を交わすもので、学術的な意見から哲学的な意見まで幅広く論議されているのです。

 また、論議の内容を英語は日本語に、日本語は英語に翻訳され世界中から参加できるよう配慮されていて誰でも参加できるのです。まさにインターネットならではの試みですね。(翻訳作業に4〜5日かかっているようですが。)

 私も論議に参加するため、遺伝子操作に関する資料を読みあさりましたが、そこで知る事柄を知れば知るほど「科学者や政治家、官僚達にはこの問題は任せられない。市民の参加の中で広く討議していくべきだ。」との思いが確信となっていきました。

 いま皆さんが利用しているインターネットは、無政府主義的であり、非官僚・非中央集権・非権威的なもので、自己を律する限り多大な被害や迷惑を被ることはありませんが、遺伝子操作に関しては別です。

 遺伝子操作に関する細かな事柄はここでは語りませんが、人のエゴイズムと限りのない欲望が生み出すものに危険な匂いが感じられます。特に、人に対するクローン技術には核問題に匹敵するもろ刃の剣的な危険性を感じました。

 しかし、私が参加した論点Dでは人の魂の根元に関わる内容でしたが、10代の若い人たちの漠然とした予感!?から、発せられる意見にとても安堵しました。

 「山からの声'99」にふさわしくない内容となりましたが、少しでも多くの人が今知るべき事柄と思い掲載しました。

 皆さんも参加される事を奨めます。URLは http://www.nhk.or.jp/forum/life/dna/index.html です。

 参考までに私の意見を下記に掲示します。

- あなたは遺伝子操作を認めますか? -
論点D : 生命は遺伝子で決まるのか?
10.「好みや性格も遺伝子のせい?」
意見NO.188

何でもかんでも遺伝子のせいにし、努力しようとしないのはやはりゼイタクですね。

 

尾崎 博章(男/38/自由業)

ケーススタディーNo.
10,

日本

 意見151の宮路さんの意見とてもよくわかります。

 世界を取り巻く環境問題や地域紛争、いや、身近な問題さえ納得のいく解決できない私たちに遺伝子技術をコントロールできるとは思いません。エゴや偏見さえなければ、遺伝子技術がなくとも解決できる部分もあるのではないでしょうか。

 人は不完全故に問題に対して真摯に立ち向かうのに、何でもかんでも遺伝子のせいにし、努力しようとしない・・・ずるいし、ゼイタクですね。無い物ねだりより、もっと努力したいものです。

 しかし、努力してもどうにもならない事もあります。それが人生というもので、だからおもしろいと思うのです。人類が成熟した『おとな』になるまで、特に人のクローン技術は基礎研究にとどめておくべきと思います。

99/03/14「雪山訓練」

 毎年恒例で、雪山訓練として六合村山岳会は野反湖に登っています。R405は冬季間通行止めで、車止めとなっている大原口から野反湖へ徒歩で登り、1泊し、翌日下山する事を、毎年2月の末から3月の中旬の期間内に行っているのです。今年は3月13日と14日でした。

 泊まりは野反峠の休憩舎を使用させてもらい、夜は大宴会。ウクレレやリコーダーの伴奏と、一升瓶をたたく箸のリズムで山の歌を声がかれるまで歌うのです。(これがまた楽しい)

 5年前までは車止め地点(大原口)から全ての荷を人の力で背負い上げていました。食料はもちろん酒・焼酎・ビール・ウイスキーまで背負ってカンジキで歩くことが訓練の一つでもありましたが、正直言ってかなり辛い。圧雪されていない雪道を4時間も歩くとなれば、途中ビールの2〜3本も荷を軽くする名目で飲んでしまうのも、致し方のないことです。

 休憩舎に着いて最初に行うのは、石油ストーブに燃料を入れ火を点けること。そして、到着祝いと称してビールで乾杯。天気が良ければ逆になることもありました。次に、雪を溶かして水を確保する者、石油ストーブの周りを整理し夜の宴会の準備をする者、雪に埋もれている便所を掘り起こし使用可能にする者と、それぞれが作業分担しこれを進めるのです。

 そして、手の空いた者から、夕食の準備をする者、雪洞を掘る者、スキーをする者、とに分かれ、夜の宴会を待つのが以前の雪山訓練のパターンでありました。しかし、最近はスノーモービルで荷や水までも運搬するようになり、随分楽になったものです。

 空身であれば昼前に休憩舎に到着するし、水を作る必要もないので時間を持て余してしまうのです。そこで、最近は大きく運搬班と大高班の2手に分けるようになりました。つまり、環境が変化したから遊びのパターンも変化させたのです。

 運搬班とは文字通り荷物の運搬を担当し、運搬後は例年通りの作業を受け持つ班。新しくできた大高班とは、白根開善学校−馬止メ−天狗平−大高山−高沢山−野反湖のコースをスキーで走破する班のことです。

 その結果、大高班はコースのバリエーションを広め毎回、新ルートを開拓し山岳会らしい行動を担い、運搬班はそれをバックアップする立場となり、結果的には以前とは全く違った雪山訓練となりました。

 めでたし、めでたし、と言いたいところですが、弊害も起きてきました。参加者の固定化が進み、山岳会全体で見ると、会員の技術力に偏差が出てきたことです。山岳会員の高齢化とも合わせて、これから解決していかなければならない問題だと思っています。

 今年の2日目には八間山に登りました。私たち山岳会以外にも1パーティー2名、合計10名での登頂を果たしました。登りは野反峠から登山道通りに登り、下りは標高1900m地点から西の尾根を下りましたが、なかなか快適なバーンで全員満足のいった顔をしておりました。

 1つ注意事項があります。例年の車止め地点から今年は約4Km下がった所にチェーンが付き鍵がかかったことです。例年のつもりで野反の春雪山を楽しむには、往復約2時間のロスを覚悟しなければなりません。(かなり行動範囲が制約されます)また、各林道に入るゲートに更なる鍵を追加するようです。ますます山が遠くなりました。

99/03/05「座布団の正体は」

 最近、楽しい話題に欠け寂しい内容の事柄が続き、当サイトに訪れる方々に対して申し訳なく思っております。(実際に愉快な事柄が無かったので・・・)

 秋山郷・切明からインクラ坂を登って、東電歩道を歩くと魚野川の支流、晩鳥沢(バンドリサワ)があります。バンドリとは秋山郷の猟師が使う呼称で、モモンガとかムササビを指します。そのバンドリに関わる不思議な体験をお話ししたいと思います。

 83年の事ですから今から16年前です。しかし、その時の記憶は今でも鮮やかに残っています。

 当時、ガラン沢に棲(住むではない)んでいて天気が良ければ枝沢を詰めて登山道に抜けたり、滝の巻き道を探したりして山を楽しんでいました。

 その日はガラン沢本流から草沢を詰め、帰りは中電歩道を利用し宮手沢を下り、本流に出、黒ゼンの岩小屋へ戻る、と計画していたのです。(地図を参照される方はここへ)

 しかし、草沢の途中でプレハブの飯場を偶然発見し、飯場の中と周辺の探索(泥棒行為はしておりませんが、不法侵入にあたるかも・・・時効か?)に思いがけなく時間がかかったので、中電水路から上流に詰めるのは中止し帰路に就くことにしました。

 飯場は、中電水路の修理・修復の際、泊まり込みで作業できるように建てられた様で、布団や食器等が備えられていましたが、数年前から利用された形跡もなく中は荒れ放題、熊に荒らされたのか乾物類や砂糖の袋が散乱していました。(その飯場も現在は撤去され面影もありません)

 さて、話を戻します。帰路、ガスが深く垂れ込めた薄暗い森林地帯の中電歩道を歩いていたとき、いきなり目の前に座布団が落ちてきたのです。これにはさすがに驚きました。何せいきなり頭上で空気を裂く音がしたと思うと目の前の木に座布団が張り付いたのですから・・・。恥ずかしながら悲鳴を上げてしまいました。

 考えてもみて下さい。人界遠く離れた深山の中一人で歩いているとき、在るはずもない座布団が目の前にいきなり落ちてきたら、もののけに襲われたか、気が狂ったと考えるのが正直な反応でしょう?

 人は自分の理解できない出来事に遭遇するとパニックに陥り、危険を避けようと、その場から逃げ出そうとするか、金縛りにあった様に硬直してしまうのが本能の様です。

 しかし、私の場合、好奇心の方が勝っており、『おもしろい!在るはずもないものが見えたという事は、幻覚を見ている訳だから、気が狂った自分自身の状態を観察してみよう』と、楽しんでしまう傾向があるのです。非日常的な事柄にワクワクし、がぜん元気が出てくるタイプのようです。(不謹慎とも言われていますが、とほほ・・・^^!) 。)

 再度、話を戻します。なんと、座布団がモソモソと木を登っていくではないか、その座布団の正体はバンドリでした。正直言って真相と正体がすぐ分かってしまい残念でしたが・・・。

 ところが、何を思ったか私の歩く先先に現れ、声をかけても全く恐れや警戒する様子もなく、私の行動を観察するかの様に30分程行動を共にしたのです。おかげで私も彼の(彼女か?)飛翔の姿や木登り等、詳しく観察することが出来たし、なによりも、バンドリと戯れているような気分になり楽しい一時でしたが、あれはいったい何だったのでしょう?

 遭遇地点は薄暗い森林地帯で、おまけにガスがかかり展望もなく寂しい所でしたが、不思議と愉快な気分で、『この場所に居ること』が全く不自然でなく、まとわりつくバンドリと同様、山にとけ込んでいる感覚が錯覚でない事を実感し・・・私は祝福されていると・・・気分が高揚し疲れがとれ・・・力がみなぎる・・・。あれはいったい何だったのでしょう?

 夜、鳥のように飛ぶからバンドリ。バンドリと云う呼称を初めて知ったのは、『山と猟師と焼畑の谷』山田亀太郎著でした。満月の夜にバンドリ猟を行い生活の糧にしていたそうです。古い秋山郷の暮らしぶりを紹介した名著であると私は思います。

99/02/21「知るべき事柄」

 これより述べる事柄は林野庁と環境庁に対して抗議や異論を唱えるものではない。

  山をフィールドとし、レジャーを楽しむ者として我々が最低限度の知るべき事柄を述べているのである。

 スノーモービルも そのレジャーの一つと捉え姑息にならないで楽しむには、そのおかれている立場や環境を理解しなければならない。社会からも認知されない遊びは健全なレジャーといえない。

 また、調査した資料が最新版とも限らず、現在は違った解釈 をされている事柄もあるかも知れない。もし、誤った記述があ れば是非指摘していただきたい。

林野庁
 かの白神山地で営林局がとった措置を例に挙げると、入山禁止にするために「森林生態系保護地域」の指定を行いその指定を根拠に入山禁止とした。しかし、「森林生態系保護地域」は国有林を管理する林野庁の内部規定(長官通達)に基づくものであり、法的な根拠はなにもなく、せいぜい「入山は自粛して下さい」としか言えない代物である。

 その根拠は、林野庁経営企画課の見解を聞けば明らかである。その見解とは、「『森林生態系保護地域』とは伐採などに関しての制限地域であると理解している、制度の趣旨としては登山などでの人間の立ち入りを制限するものではない。」である。

 つまり、どのような地域指定や権限をもっても営林局は入山禁止・立入禁止を実行・強制できないものと解釈できる。

参考までに、
 知床半島で天然林伐採を行おうとした営林署に対して環境保護団体が伐採反対の声を上げ立木トラスト運動の末伐採を阻止した。

 当時「森林生態系保護地域」の制度はなかった。

 この伐採反対運動で林野庁は悪玉として全国に名を馳せた。

 そこで、林野庁も環境保護をやっていますよとアピールするために急きょ「森林生態系保護地域」の制度ができ た。と、深読みされても仕方がない経緯があった。

環境庁
 法律により保全・制限されている事柄、自然環境保護法(二五条四項)自然環境保全地域特別地区にある制限事項。

1、建築物その他の工作物の新築、改築、増築。
2、宅地造成、土地開墾その他土地の形質変更。
3、鉱物の採掘、土砂の採取。
4、水面の埋め立て、干拓。
5、河川、湖沼、その他の水位に増減を及ぼさせる行為。
6、木竹の伐採。
7、環境庁長官が指定する湖沼または湿原、およびこれらの周辺一キロメートルの区域内において、当該湖沼もしくは湿原またはこれらに流入する水域もしくは水路に汚水または廃水を排水設備を設けて排出すること。
8、道路、広場、田畑、牧場、および宅地以外の区域のうち環境長官が指定する区域内において、車馬もしくは動力船を使用し、または航空機を着陸させること。

  つまり、環境庁のみ法律的に制限することができるが、これとて環境庁長官の許可があって可となる。

 よって、「立入禁止」の根拠としてしばしば行政側は「森林 生態系保護地域」と「自然環境保護法」をたてにもってくるが、いずれにしてもその本来の趣旨は自然環境を伐採や開発から守るということであり、個人の立ち入りを妨げ るものではない。

 つまり、行政や官庁がよく言う「立入禁止」とは「私は警告 しました」的なもので、何の法律的根拠もない事を我々民間人は知るべきである。

 なにも、法律的根拠がないから勝手にやって良いといっているのではない。モラルとして希少動植物を保護するためや、破壊行為を行わないために自粛する事に関しては協力できる余地は十分にある。

 どうしても「立入禁止」と警告したいのなら、「原則立入禁止」とすべきである。法制化された「立入禁止」なら話は別だが・・・。

 大勢の人達がこの違いを解らず素直に従っている事が、大げさに言えば国を誤った方向に向かわせているのでは?(横道に逸れた。)

  唯一入山禁止措置をとるというのであれば、自然環境保 護法(一九条)に述べられているとおりに原生自然環境 保全地域に指定しなければならないが、その対象に野反湖周辺はどう逆立ちしてもなれない。

  「ゴミをまき散らし高山植物を傷める」と人間を未熟なものと捉え入山を禁止する事は、子供は管理・指導すべしを信条とする教師と同じ論法で管理教育を行っている外部統制論である。

 「危険だから立ち入るな」との意見に対しても同じ事で、我々が危険の意味や察知する能力を学ぶ機会を奪い否定している。

  つまり、自己責任を持った個人を認め ない日本社会の構造そのものである。

 なんとしても禁止にしたければ破壊的・危険なスノーモビラーを入山禁止にすべきで、すべてのスノーモビラーの入山を禁止にするのは過剰である。

 何事にもルールがあるが大勢人が集まるとそのルールから逸脱するふとどきものはどの集団にもいる。

 問題は逸脱 したことであり集団の存在ではない。

  では、スノーモービルの問題で逸脱した行為とはどのような行為であったのか整理してみる必要があるが、そのような反省をし問題を整理する姿勢が見受けられない。

 それ どころか問題を外部にすり替えること始終で話にならない。

 社会的な不文律の中で大人として振る舞うには避けて通 れない事柄もあるのだ。

 この点ではスノーモビラーが子供扱いされても仕方がない。

 問題を避け「立入禁止」になれば新たなフィールドを探し、また「立入禁止」の繰り返し。神出鬼没の元気な腕白ガキ ンチョをそろそろ卒業し大人にならないと本当の子供に馬鹿にされる事に気付くべきである。

  最後にもう一度。行政や官庁がよく言うこれらの「立入禁 止」とは現在の法律や制度の枠組みの中では「要望」であ り本来の「禁止」ではない事を知っておこう。

Date: Tue, 2 Mar 1999 From: kosumako     

 <ちょっと感想など> じねんさんのHPを見て最初に気づいたのは、自分のプロフィールを結構 詳細に書いてあることです。 最近、イタヅラメール等問題となっていますが、新しく情報を交換する手段が出てくる度に、15年前流行った「パーソナル無線」を思い出します。

 最初のうちは、交通情報をやり取りしたり、仲間を増やしたりと良いことづくめでしたが、 無線ですので当然「混信」が出てきます。 脅されたり、グループ同士の諍いなどが後を絶たず無秩序状態で、しまいには チャンネルを独占する為に出力を上げ(勿論違法)信号機が誤作動する始末。

 こうなると郵政省も黙っちゃいません、メーカーに製造中止を促すと言う姑息な手段で事実上廃止となりました。 日本人はどうも「自由にして宜しい!」と、お国から言われても、それを自己管理出来ない様です、民主主義がまだ根付いてないんでしょうか?

 ああ、話がだいぶそれてしまいました。(話しを元へ戻します)インターネットで発信すると、偏見を持った人たちからの風当たりがかなり強かったと思います。それをわかっていて正面からぶつかっていく姿勢に、強い意志を感じました。 けして圧力に屈した訳ではないと思います。

 「スノーモビルに対する偏見」てどういう物なのでしょう? 自分の姿を鏡に映してみると、ゴーグルにマスク、爆音を立てて、派手なカラーリングのマシンでかっとぶ!確かに自然を愛して山に入ると言うよりは、「自然破壊者」のイメージ になっちゃうんでしょうね!近くの牧屋に入る際、どうしてもスキー場の駐車場を通らなければならない所があり、そこを通るときの家族連れの視線は、やはり冷ややかな物です。 最近私はそこを通る際、ゴーグルを外してニコニコしながら頭を下げて通ります。仲間が見たら「おまえ何やってんだ?」って思うかもしれませんが、子供が手を振ってくれたりしてとてもフレンドリーな「間」が出来ます。私のやっているちっぽけな「偏見回避、認知運動」ってとこですかね。

 でも広く考えてみると、「知るべき事柄」の意味は、「コソコソやらなくても良いんだよ」って教えてくれてるような気もします。みんな知らないんですよね。(勿論私も含めて)野田知祐さんの川下りの本にも今回と同じ様な問題が出てきますね(あの人は役人を川に放り込んじゃいますが・・・)あの場合も、本来建設省は川の管理を国民から一時的に任されているだけの管理人に過ぎず、川を往来する権利は国民みんなの物、と書いて有りました。

99/01/15「じねんBBS」

 「じねんBBS」なるものを始めました。早い話が電子掲示板の事です。山・沢・地域・釣り・アウトドアスポーツ・・・等の情報交換の場としてお使いください。

 仕組みは今はやりの伝言電話と同じです。よって、使い方を誤るととても危険なものとなりますが、皆さんでお互いに注意しながらBBSを賑やかにすることで情報の宝庫となることでしょう。

ちょっと一言。

 管理者として最初に悩んだことがあります。それは、投稿の際にE-Mailアドレスの入力を必須とするか、しないかの事です。

【E-Mailアドレスの入力を必須にすると】
1、投稿内容に信憑・信頼性が出る。(直接投稿者に意見を聞ける)
2、当て逃げ的発言や悪戯・嘘・誹謗・中傷・誇大な投稿は防止できる。(少なくとも投稿の発信源は把握できます)

【E-Mailアドレスの入力を必須にしないと】
3、上記とは逆に、匿名性の心理的安心感から、「本音」の意見が聞ける。
4、BBSでの一般的なマナーを理解した上での「本音」は、貴重な意見で尊重すべきである。

 上記の様な功罪をふまえ、私自身は好きではありませんが、意見の活性化には匿名も有効であると考え、E-Mailアドレスの入力を必須にしない事にしました。

それでは、「じねんBBS」へどうぞ!

99/01/10「芳ケ平ヒュッテが営業再開」

 上信越国立公園は白根山の麓、芳ケ平に建つ芳ケ平ヒュッテが、6年ぶりに営業再開されました。

 浄化槽を新設しトイレは水洗となり、建物も改装され新装オープンです。

  新しい管理人は新堀夫妻があたります。新堀夫妻は近くの横手山頂ヒュッテでアルバイトをしていたので、芳ケ平の厳しい自然環境の中でも耐えられることでしょう。

 通年の営業で、宿泊・休憩ができます。予約・連絡は草津町観光課にお問い合わせ下さい。

 また、ハイキングやツアースキーで訪れた際、声をかけてあげて下さい。

獅子座流星群後記。
 こちらは小雪の降る中の観測となりましたが時折晴れる中、3時頃から約1時間半夜空を見上げていました。おかげで22個の流星を確認する事ができました。

  中でも4時15分頃に出現した流星は、月位の明るさで見事でしたが、流星”雨”を期待していたので、やはり期待はずれの感は否めなかった。次の機会に期待することにしよう。

芳ケ平ヒュッテ(外部)
芳ケ平ヒュッテ外装工事
芳ケ平ヒュッテ(内部).
芳ケ平ヒュッテ内装工事

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