山からの声'98
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上信越国立公園は白根山の麓、芳ケ平に建つ芳ケ平ヒュッテが、6年ぶりに営業再開されました。 浄化槽を新設しトイレは水洗となり、建物も改装され新装オープンです。 新しい管理人は新堀夫妻があたります。新堀夫妻は近くの横手山頂ヒュッテでアルバイトをしていたので、芳ケ平の厳しい自然環境の中でも耐えられることでしょう。 通年の営業で、宿泊・休憩ができます。予約・連絡は草津町観光課にお問い合わせ下さい。 また、ハイキングやツアースキーで訪れた際、声をかけてあげて下さい。
獅子座流星群後記。 中でも4時15分頃に出現した流星は、月位の明るさで見事でしたが、流星”雨”を期待していたので、やはり期待はずれの感は否めなかった。次の機会に期待することにしよう。
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今年がその33年目にあたるそうです。はたして期待通りの流星群が見れるのでしょうか? 特に天体観測に興味のない私でも「流星の光であたりが真昼のようになった。」とか、「天空全体がミラーボールのようになった。」等と過去の報告を見聞きすると、なんだかソワソワ、ワクワク。 実は、六合村での観測点の候補地に関するメールの問い合わせが数件有り、インターネットで獅子座流星群の情報を探っている内に、私自身が興味をそそられる様になったわけです。 そこで、当夜は徹夜を決め込め、あらゆるスケジュールをキャンセルし、その時に備える決意を固めました。(大げさすぎるか?) また、昨年のヘールボップ彗星では村内にある尻焼温泉で温泉に浸りながら見上げた感動が今もあり、(尻焼温泉の露天風呂は、長笹川の沢水を堰き止め、沢の床下から湧きだしている天然の温泉で、沢幅すべてが入浴可能です。当時、暗闇の中3時間くらい入っていました。おかげで目が暗闇に慣れ肉眼でも鮮明に見えました。)先の彗星とは異なるものながら、彗星の置き土産と云われる流星群に熱い期待と興味を持っている訳です。 極大日と呼ばれる11月17日の夜にから、特に日付が変わったあとの18日の2時頃は、母彗星軌道と地球が最も接近するので見逃せないそうです。獅子座流星群の流星は、獅子座にある 放射点からたくさんの流星が四方八方に飛ぶように見えるといわれています。 (すばらしい!!)
私の住んでいる住宅からは、幸運にも東方向の山間部が開け、居間の窓も東向けにあるため、電気を消したまま炬燵で待機し、その時が来れば外に駆け出す計画でいます。 村外から来られる方には、田代原地区と、和光原から野反湖に向かうR405で、富士見峠までの区間で東方向に開けたポイントをお薦めします。(人工的な光が少ない)理想的には、志賀草津道路R292の草津〜渋峠間が良いのですが、今月の17日から冬季間閉鎖となり車の乗り入れか出来ません。 ちなみに、野反湖迄に向かうR405の道は(大原口から)12月1日から冬季間閉鎖されます。 さらに、昨年は12月3日に20センチの積雪がありました。タイヤチェーンの携行お忘れ無く。 |
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98/07/15「おやじ さようなら」で上信国境を歩いた際、登山道に散乱する遠慮のないゴミに怒りがこみ上がり、そのゴミの出所を知ったとき悲しみに変化していった。 そして、「何も身内の恥をさらすことはない」「事を荒立てることもない」と、ネガティブな感情が支配し、しばらく沈黙していました。
沈黙は卑屈な気分となり、ますます落ち込んで行きました。
少し話を整理してみよう。 2,カモシカ平〜五三郎小屋間は六合村山岳会がボランティアで2年間整備し縦走路復活の要望をアピールした。 3,その後六合村、山ノ内町両町村で登山道整備の予算が成立、業者によって刈り払いが行われる事となった。 4,97年9月初旬、全線開通との連絡を受け、同18日、志賀高原側から入山し野反湖へ縦走し確認する。 以上が昨年までの経緯です。 そして今年の、六合村山岳会の夏山登山が同縦走路を歩くこととなり、その下調べで、7月15日に一人で歩いてきました。 その際、随所随所に捨てられているゴミの量、質、共に目に余るものがあり、そのゴミの内容からゴミの出所を確信した時、なんとも云えない悲しみに襲われ・・・。 悲しいことですが、ゴミを捨てていたのは、縦走路を復活させた業者自身であったのです。 縦走路は貴重な観光資源で、それを整備する事で飯を食う人達は感謝こそすれゴミで汚すとは・・・。 観光と飯とゴミがごちゃ混ぜになった現状にどうすればよいのか? とりあえずは、7月25日に六合村山岳会で縦走する際にゴミを拾ってくることにしました。当時は1日中雨で参加者は私を含めて3人、大きめのザックを背負ってゴミを拾いながら歩いたのですが、水を含んだゴミは思いの外重く、結局大型のゴミ(ガソリン入りのペットボトル、ブルーシート、等)は登山者の目に付かない所に隠す他ありませんでした。 問題は、有償で請け負った刈り払い業者の出すゴミを、ボランティアが拾ってくる事では解決しない事。 さらに、業者を個人的に注意するのには同村であるが故に、感情が絡み後々のしこりとなって来ないかと懸念してしまう事。 また、この内容自体が、誹謗中傷と捉えられないかと危惧する事。(村で生きるには、この様な難しさがある) しかし、Hayasiさんの縦走報告のメールにゴミに関する指摘もあり、この問題をナアナアで済まさないためにも思い切って掲示することにしました。 そして、まだ個人的な考えでありますが、今回の問題を六合村山岳会から村の観光協会に報告することで、改善出来るようにしたいと思っております。(他町村なら烈火の如く抗議するのですが、いかんせん尻の穴の小さな私ではこの程度)
追加事項、 一度失った信用は簡単には元に戻らない。また、私自身も綺語に走らないよう自戒しなければならない。
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今年の六合山岳会の夏山登山は上信国境を歩くことになり、その調査登山を15日16日の一泊二日で行って来ました。 コースは私の棲む小倉部落から、バイクで馬止メ迄行き、一ツ石−オッタテ峠−ダン沢の頭−赤石山−鉢山−草津峠−横手山(泊)−芳ケ平−大平湿原−元山−小倉である。同行者もなく、曇り時々霧の天候では、ただただ歩くのみ。 約9時間半で宿泊目的の横手山頂ヒュッテに着く。去年開通したコース以外は整備状態も良く快適に歩けました。赤石山から野反湖方面はまだ刈り払いが行われておらず、新しく芽を出したネマガリ竹が歩行を妨げ、しかも、去年刈ったネマガリ竹の枯れた茎に足を取られ登山道としては、まだCランクです。
それでもつい最近ここを歩いた人の形跡がある。笹の先をくじりながら歩いたらしい。17日に判明したのですが、以前私のHPを見、感想を送ってくれた人でした。山の世界は狭いなー、Hayasiさん、報告のメールありがとうございます。 翌日、元山を目指し下り始める。途中、4ヶ月ぶりで(スノーモービルで積雪期に来ました。)芳ケ平ヒュッテに寄る。 親子二代続いたと云われる二代目の管理人は、数年前亡くなったと聞いた。今は誰も管理することなく寂しく佇む山小屋です。便所の鍵が開いていたので16年ぶりに入る事にした。中の印象は少々荒れているものの、以前のままで、古き良き時代の山小屋そのままでした。 日めくりが93年10月28日のまま、お茶代一人100円、ブドウ液200円、宿泊1泊2食5000円の品書きが今も・・・。誰もはばかる事なく、以前寝たベットに腰をかけ暫く感慨に耽る。 ヒュッテを出ようとした時、誰が書いたのか風呂場のドアに白墨の走り書きが眼に飛び込んだ。 おやじ さようなら おもわず、目から熱いものが、切ないよ・・・、まるでドラマじゃないか。 このヒュッテも今年の秋には水周りを修復し、管理人が入ると云われている。(私の知人夫婦で、詳しくは決定次第報告します) |
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千沢(センザワ)に、先日行って来ました。94年の7月7日イタドリ沢出合下流の核心部で遭難死した青年(97/10/24「過去の資料から」) の供養を兼ねて。 8日の朝8時、ダムサイトの駐車場に車を止め入渓支度していると、かすかにダムから放水している音が聞こえる。「へんだな?」地元では「夏場は放水しない」と、さも常識のように云われている。事実私も夏場に放水しているのを見たことがなかった。 ダムの天場から見ると恐ろしいほどの水量が放水されている。それでも様子を見るため放水口まで降りてみようと下る。 試しに徒渉を試みる。水流は激しいものの水深は膝上10p位。「なんとかなりそうだ」。しかし、3度4度徒渉を繰り返す内に、「どうもおかしい」と感じてきた。自然の流れとは全く違うのだ!まるで水路を歩いている感じで、水流の弱点がほとんど無い。 水深が腰近くある流れでも、よく探せば徒渉ポイントがあるものだが、ここでは流れが一様で気が抜けない、水深の割に水流が強すぎるのだ。
やっと誤りに気が付いた。 危うく遭難するところであった。 千沢の支流ハンノキ沢にエスケープする事にした。ハンノキ沢は秋山郷へ抜ける登山道と交錯しているからだ。竿を持ってきたので登山道までの間釣り上がることにしたが、あたりも無ければ魚影も無し。途中7mの滝もあり渓相としては申し分ないのだが、岩魚がいないことを確認できてホッとする。 千沢は下流渋沢ダム上で魚野川と合流する。魚野川は皆さんご存じのとおり、天然の岩魚が棲む沢です。しかし、最近渋沢ダム付近で養殖岩魚を釣り上げたとの情報が信頼できる筋から入ってきた。とんでもないことだ。天然の岩魚が棲む沢に養殖岩魚を放流することは乱獲以上に許されない行為である。わざわざ渋沢ダムまで養殖魚を運び上げることは考えづらく、野反湖方面から放流したと考えるのが自然である。ある意味で遺伝子破壊行為とも云える配慮無い、無神経な放流に怒りを感じる。 さて、話を元に戻しましょう。登山道との交錯地点で昼食にし、荷を置き身軽にして上流も探ってみることにした。途中、取水口で作業を行っている工事の人がいたので聞いてみた。1週間ここで作業しているが一度も見たことが無いという。さらに確認のために上流部に進む。本流と枝沢のタカンボウ沢、共に探ってみたが気配無し。 岩魚がいないことを確認して帰路に就く。ダムサイトに着きもう一度確認のためにダムの天場に行き下を覗く。
「おいおい、なんだこりゃ!」 正直な話、説明を求める前に少々緊張した。「ばかもん!死にたいのか!ダムの放水期に入渓するとは何事か!立入禁止だ!」と云われるかもしれないと。ところが、以外にも親切に詳細な説明をしていただいた。以前では考えられないことである。
その内容は、 全く知らなかった。たまたま野反湖に来たとき放水量が少ない時期ばかりだった事と、地元の誤った常識にとらわれて、誤解していました。 この事実を知らず、たまたま放水量の少ない時間帯に入渓し、朝に放水されればアウトでした。自然の条件下では判断できる増水が、この時期の千沢では、まったく判断できない人為的に行われる増水の事実があったのです。 ここで、危惧する材料があります。 が、しかし、はっきりと覚えています。昨年彼らが入渓した日、私は野反湖のバンガローに泊まっていましたから。(当時、千沢に入渓者がいたとは知りませんでした。) 台風が来ているのにも関わらず、9月の連休であったため野反湖は盛況でした。 その時にはダムの放水も完全に止まっており、遡上を安易にさせた状況があったのです。さらに、台風のコースが逸れたため降雨は意外に少なく千沢に流れ込む雨水はそんなに多くなかった。それでも30pの増水があったと書かれていましたから彼らはよほど強運の持ち主だったのでしょう。放水されれば、プラス50〜60p、この事を彼らは承知していたのでしょうか? 同じ日、すぐ近くの魚野川で遭難者(97/09/18「魚野川で不明の信大生、遺体で発見」 )が出たことも・・・。 この様な状況下(台風直撃の可能性有り)、私なら絶対入渓しません。 最後に、東電の職員から聞いた内容はあくまで原則で、変更されることがあるそうです。命に関わることですからご自分の耳で確認して下さい。私自身まったく誤った認識でした。反省しています。 翌日、東電の人に入渓報告をし、ダム下の堰堤で減水を待ち、その間隙を縫って再挑戦したのは云うまでもありません。
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私だけの実感(錯覚?)で、他の人には感じられないのかも知れませんが。私には朝の香りを感じるのです。 「朝だ!さわやかな朝だ!」的な、精神的感覚でなく。 それを表現するのには、私のボキャブラリーではとうてい表現しきれませんが、あえて言うならば、その感覚は鼻の奥と耳の接合点で感じ、両目の奥底から快い刺激、苦味・酸っぱさ、が覚醒感としてそのまま脳髄に響く感じです。 説明するのにちょうど良い例で、つい最近こんなことがありました。
最初に鼻で息を深く吸わなければ、この感覚を得られないので、その原因を香りと結論しました。 極端な話、私の住んでいる村営住宅の便所は、くみ取り式なのに早朝、小用をする際、便所の窓を開けているだけでも、その香りを感じるのです。ちなみに私は幼少の頃から慢性鼻炎で、嗅覚には鈍感であると思っています。 その状況は、晴れていれば日の出前20分位から1時間半位。小雨、もしくは曇りなら、同時刻頃から3時間位持続します。 体験的に、小雨の時が一番持続しているようです。また、野外で長期生活するとその感覚が、だんだん麻痺していきます。 時期は、広葉樹の葉が茂り出す頃から、盆頃までが特に強いように感じます。 最初に意識したのは、山遊びを覚えてまもなくでしたが、最近特に意識するようになりました。 明らかに山と木が関与しているのは理解できるのですが、よく言われるようなフィトンチットの類でなく、確かに何かを感じる実感的な感覚なのです。(この感覚は、六合村以外でもあります) 六合村も梅雨に入り、ますますこの感覚が鋭くなってきました。 この感覚を科学的に説明でき、全ての人が体験出来るなら、素晴らしいことだと思います。(宗教とは違いますよ:念のため) 皆さんはどうでしょうか?この感覚、この様な感覚、感じたことありますか? |
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書店で何気なく手にした雑誌に見慣れた文字が、「魚野川」しかも「上信国境」、うん、間違いない。 「ついに出てしまったか!」思わず呻るようにつぶやく。 レジに向かって体が動く。早く内容を確かめたい気持ちを抑え、帰路車中で昨シーズンのことを思い出す。 「あっ、」鮮やかに脳裏に浮かぶ。昨年8月2日の事だ。 奥ゼン沢出合下流で出会ったグル−プに、渓流愛好者では有名な人で釣りの紀行文等を書いている人が居た。
名前は中尾章男。 あの風貌は個性があるのでよく覚えている。 確かあのときの会話は、 下流に向かって大岩からヒョイと飛び降りようとした瞬間、黙々とコッヘル飯をかき込むグル−プと遭遇。
じねん:「オー、びっくりした。チワー」 中尾氏:笑いながら「これから下流に下りるんですか?」、 との優しい誘いに。
じねん:「沢いっぱいに並んで遡行した訳ではないでしょう?」 と、むげにも断る。 実は、前言の通り大勢で釣り上がるより、時間をおいて一人で釣り下がった方がよい、と判断したのと、以前自称名人に言われたことを思い出したのだ。 渓流釣りに日の浅い私はシュンとなった覚えがある。依然私は現地調達型餌釣り派で、アマノジャクだから、なおさら変えようとしない。 よく見ると中尾グループは全員テンカラのようで、毛針の渓と言われている魚野川では提灯釣りの私には不利である。 まあ、こんな理由で断った。しかし後で、彼らの釣りを見るだけでも価値があったのに断ったのは、軽率だったと思ったのを覚えている。 さて、家に帰りその雑誌を読む。まさにあの時の紀行文であった。97/08/03「恐怖の体験」に記した内容とも一致する。 しかし喜んでばかり居られない。紀行文の内容が、首都圏から比較的近く、3泊4日で、のんびりと、しかも車を利用する際、周遊コースがとれ、ヒルもいず、さらに、たおやかな沢なんて表現されれば、どどっと大勢入渓するのは火を見るより明らか。 さらに紹介されているコースは、私も1シ−ズンに一回は実施するコース。やはり、考えることは同じと実感する。「山は誰のものでもなく、誰が利用しようと勝手」と決め込んでいる私でも、雑誌で紹介されたとなると心中穏やかでいられない。 雑誌の内容全般は、まじめで好感もてるのだが、雑誌を購入する人の中には、単なる入渓データとしてか捉えられない人がいる。その種の人は乱獲、破壊につながる行動をしやすく、その集積で、ますます俗化し荒廃する危険性をはらんでいる。 この点が、杞憂と言われようが、思わず「ついに出てしまったか!」と思った理由です。 日本を股にかけ、釣りを楽しんでいる人たちと違って、貧乏な私にとって六合村周辺でしか行動できないハンデが、 「あまり人に知られたくない」と言う気持になってくるのです。 やはり、これも、縄張り意識ですかね? なかなか辛いところです。 しかし、地図を読みとれ、自分の力量を知り、雑誌、ガイドマップ等に頼らず、入山・入渓される人はどんどん来て下さい。あまり人気(ひとけ)のない六合村周辺は良いところですよ。 |
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2,山からの声 2−1,97/09/18「魚野川で不明の信大生、遺体で発見」 2−1−1,<<メディア批判>> 考察で、渓流を紹介しているメディア批判をしましたが、やはり責任転嫁ですね。いくらメディアが煽っていても最終的には自己責任で、まぁ、せいぜいリーダーの資質を問われる程度でしょう。 当時の私の論理でいけば、先の戦争を容認した私たち国民に何ら罪は無いこととなります。 当時言論統制下で、まともなことを言う人々を片っ端から留置場に送り込んだり、内報者を奨励する愚劣な指導で恐怖に追い込み洗脳した事実(オウム真理教もこの手を使いました)・・・結果、普段穏やかで善良な人々を人殺しに荷担させてしまい、生き残った人たちに大きな負債を負わせることになってしまいました。 大きなうねりになる前に事実を見抜くことが大切な事を教えてくれた歴史でありました。メディア批判して責任転嫁する、その図式に誤りがあったと反省しています。 2−2−1,<<追加事項>> 意見書を提出してから秋に一度、村内で遭難対策会議があり、出席しましたが(ここで掲載するほどの内容は無かった)、現在に至るまで何の音沙汰もありません。よって、改善する意志がないと判断しました。 2−3,98/02/08「立入禁止」 2−3−1,<<勉強中>> 危険地帯にだれも行かなくなれば当然事故はゼロになるでしょう。が、それでは管理された時代遅れな学校教育論で、賛成できない。確かに自己責任を放っておいて、管理責任ばかりを問う私たちにも責任はありますが。 だからといって「あそこも危ない」、「ここにも行ってはいけない」じゃあ、私たちは「危険」の意味や、察知する能力を何処で学べばいいのでしょうか?確かに机上のトレーニングも必要です。しかし、実際に役に立たない机上論が山の中では多くあり、その場その場に応じて柔軟に対応する方がはるかに安全であることを身を持って経験しております。 どんどん登り、山の知識、経験を増やすことによって、少しでも危険を減らそうと努力するポジティブな姿勢が「なにもしない事」の次に安全であると考えています。 98/03/20「なんたることか!」の所でも問題に取り上げましたが、なかなか奥深い問題で、いろいろ調べていく内に「やはりどう考えても正面切っての話し合いは不利」、「ましてスノーモービルとなると論外」、「論議の対象にもならない」と考えているのが現在の心境です。 結論的には白神山地問題での林野庁、環境庁、各自治体の対応や答申が、今後の基本となって行くだろう。この方面の情報に敏感になることが肝要だと考えます。 しかし、権力、金、縄張り意識、意地、が絡むとこうも醜い争いになるのかと考えさせられました。真剣に取り組まれている人たちに対して失礼と解っていますが、「まるで子供の喧嘩」と感じてしまうのは、私だけでしょうか? 2−4,98/02/19「タヌキ」 2−4−1,<<追加事項>> 二月の半ば頃から二匹ともいなくなりました。 つづく。 |
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インターネットを始め、個人のHPを持って早10ヶ月。過去掲載した内容をあらためて読むと、その時どきの心理が思い返され恥ずかしくなり穴があれば入りたくなる気持です。 だからといって掲載内容を変更や削除する気持は毛頭ありません。掲載内容はその時点での私自身の正直な内容であり、また、発言内容に責任を持ちたいと思っているからです。 しかし、誤りは誤りと率直に認め、どんどん認識を修正することは当然の認識進化であり、過去の持論に固執しない柔軟な姿勢でいることがコミニュケーションの第一条件と考えます。 そこで、過去の掲載内容から「ん?これは変じゃないか?」「間違っているのでは?」「誤解を受けやすいな」と私自身思うところを反省も込めて抜粋してみました。「一人遊びみたいでなんか寂しいナー:独り言」 1,山行記 1−1,佐武流山(97/08/19) 1−1−1,<<鉈目>> 森林生態系保護地域である同区域で無闇に鉈を振るうのは明らかにルール違反。しかし、栄村での事前打ち合わせで、営林署から「新ルートの開発は認められないが、旧ルートの復旧による刈り払いは認める」との内容を受け、登山道の復旧に向けての調査登山を行いました。 しかし、営林署のお墨付きが無くとも、地元の登山道管理者が管理を怠り放棄されている危険個所で、常識の範囲内で個人が鉈を振るうのは原則禁止の原則範囲以外ではないだろうか? または、ボランティア行為が登山道管理者をますます怠慢させるから、一切の行為もまかりならないのだろうか? どちらかと言えば、前記の方が私にはしっくりくるのですが。 よく登山道で目印としてビニールテープを木に巻き付けているのがありますが、釣り人が捨てた釣り糸と同じ理屈で、鳥類に害を与えるから、目印としては数年で自然分解する木綿の布が好ましい。まして登山道で付ける必要性はどこにもないし、藪山であっても核心部で最低限度にどどめたい。 登山を目的にしている人たちのテープによる目印は、まだかわいい方で、一部の渓流釣り師にはあきれさせられる。
96年に赤石山−ダン沢ノ頭間の調査登山を行った時のことだ。 赤石山山頂から野反湖側に少し入った地点で釣り竿のケースと食パンの空袋・缶コーヒーの空き缶が散乱している。さらにビニールテープが驚くことに魚野川の源流部に向かってそのまま延びているではないか。帰りに迷わないようにと、テープの一端を入渓部に結びつけ、トイレットペーパーの原理でグルグル引き出しながら下りていったのだろう。 さらに、色違いのテープが3本、同じように源流部に向かって流れている。 いい加減にしろ!入渓資格無し!! ・・・・・この声が彼らに届かないことが空しい・・・。 今日はここまで。 つづく。 |
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居付いていれば確実に尺岩魚。こんな期待を胸に抱き入渓する。結果は完全大敗。しかし入渓者の気配もなく沢歩きには申し分なく、新緑のブナ等、充分に楽しめました。 村の長老格から戦後、金山沢に移植放流したとの話を聞きその内容からめぼしい枝沢にターゲットを絞り調査釣り。水量・川虫・川石の色から判断し白渕沢と決め、根広林道に車を乗り入れ、沢床(1060m)から入渓する。 すぐに沢が分岐する(1090m)右側は金山沢、左側が白渕沢。この出合いから金山沢の800m上流には昔、金の試掘が行われたようで今でも直径60センチほどの横穴が今も沢縁に見て取れる。横穴はすぐに塞がり入る気にもならないが、どの様な根拠で掘られた穴なのか気になるところだ。途中のザレ場では硫黄臭もし、石が全体的に赤く岩魚が棲めるような沢には見えない。 白渕沢はその名のとおり白く泡立つ渕が多く、川虫も小さいながら生息し、期待した通りの渓相。しかし絶好のポイントと思われる所にいくら竿を出しても全くあたりなし。餌を替えたりいろいろ試したがやはり駄目。ナメ滝の連続で快適にポイントを探りながら距離は稼げても魚影もなければ釣果もゼロ。 釜渕のある滝下でお昼にし、食後は沢を下り枝沢の横岩沢に入渓しようかと思案していると、この滝を登るルートにあたる左岸の所に目新しい鉈目があるではないか。 沢屋(沢登り)さんがわざわざ鉈を振るったとは考えづらい。往路のことを考え邪魔になる枝を鉈で落としたと考えるのが自然だ。切り口を見ると去年のようだ。はやる心を抑え滝をへつって登る。「きっとこの上に岩魚がいる!」と。 しばらく登ると沢が分岐する。(1220m)本流は左側だが水量はどちらも同じ。まずは右側あたってみることにする。放流したとき山道を利用したと聞いていたからだ。右側の尾根には地元でも少数の人しか知らない山道が、野反湖のエビ山と弁天山の鞍部に抜けておりこの山道を利用した可能性が大きい。 しかし、水量はどんどん少なくなるわ、雪渓が残っているわで、1350m地点で引き返す。先ほどの分岐から本流を20分くらい探るが、やはり気配無し。 それにしても前出の滝にあった鉈目は何だったのだろう?不思議です。枝を落とさなくとも簡単に登れる滝なのに。 考えてみれば、かつて職漁が盛んに行われた時代に岩魚が居付けるような沢であれば職漁師がほおっておく訳もなく、とっくに自然繁殖していたでしょう。川虫がいても水が悪いのか成長不良で小さく、そんな所では放流魚が成長しても産卵し稚魚が育つ条件にならないのでしょう。 次は同支流、横岩沢とミドノ沢かな?全く懲りていないねー |
| 今年は典型的な里雪でこの辺りも雪解けが早く期待していたのですが、4月に入ってから雨の日が多く気をもむ毎日です。それでもふきのとう(この辺りではジャオウと呼びます)は盛りを過ぎコシアブラやタラノメ、ウコギ、アサツキ、リョウブ、ヤブカンゾウ、ワラビ、アケビの新芽等がそろそろ取り頃です。 |
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とは言っても解禁日から一ヶ月以上も過ぎてしまったので、キープサイズの釣果はありませんでした。雨後の高曇り。22日、23日の二日間で釣れるのは20センチ以下の警戒心のない痩せた岩魚と山女。 やはり簡単に入渓出来る小沢は魚が涸れるのが早く、釣り人どうしが競争になる傾向の中、目が血走った釣りにへきへきしている私には寒い沢と感じます。 強いあたりの後「さあ、どうやって引き上げるか?」と思案するぐらいのが醍醐味なのに、あわせで「ぴょーん」と引き抜いてしまうようなワカサギクラスでは調子が狂ってしまい・・・「その前に腕を上げるのが先決」と、心の声が聞こえたので愚痴はここまで。 ・・・・まぁそのうちに、いつかね。 |
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人には言葉というコミニュケーション手段が有ります。その手段をより有効にするために、忘れている事があるのでは?いろんな人々が住む世の中で、いろんな意見、宗教、人種、を乗り越えて有る真実・・・を忘れて自分の利益を前提に語るとき「この世は誰のもの?」と問いたい。 コミニュケーション手段がある我々人間がこの世の最大の権利者と思い上がっていないだろうか?確かに私たちは数々のテクノロジーを駆使しこの時間空間においてガン細胞のごとく増殖し、破壊し、活動している。だからこそ、そのおかれている立場や、権利施行者に責任や義務が生じるのは当然の理ではないだろうか?(宿主が死ねばガン細胞も死ぬ。) 私たちはそれを放棄し利益のみを享受するべきではない、と、考える。何も原始社会に帰れと云っているのでない。権利を主張する前に「この世は誰のもの?」を前提に責任と義務を果たすべきと考えるのです。 いつも批判的、抽象的な話になり「”じねん”のHPは”字”ばっかりで、面白くない。」このような意見、参考になりありがたく思っていますが、このスタイルも「私というパーソナリティーの表現手段で、コミニュケーション伝達手段でもある」、と。 インターネットの中での表現としては前時代的で陳腐的ではありますが、どうぞご勘弁下さい。 さて、今回の話は。「スノーモービルで遊ぼう!」の「お叱りの声も」から始まった事から始まり。いま、話ししなければならないこと、いま始めなければならないこと、先送りに出来ないこと。・・・が・・・あるのでは?と考え、掲載したわけです。 どうか、意見、感想、批判はここで掲載できるよう文面で下さい。人から聞いた話とか、電話、うわさ話の類は扱いに困り・・・よってこのような回りくどい前提や、まえ話が必要になってくるのです。・・・・・(独り言:私に的確なコミニュケーションが出来れば必要ないか?) 問題提起。 1,スノーモービルに関する諸問題 : 98/03/20「なんたることか!」に提起。
2,情報公開に関して。
3,上記1,2,に共通する具体的な詳細情報は公開するなとの意見。 いずれの意見にしても”正式文書等”が無く「俺はそんなこと一言も云っていないと」云われればそれまで。 スノーモービルと同じく私のHPも疎まれているのです。誰も悪者にしたくないのですが、私はあまりにも力不足。多勢に無勢。抹殺。 この図式に心当たり有りませんか? |
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私の住んでいる住宅の前に木造の公民館があります。古い公民館なので床下が私の飼っている猫の遊び場となっていますが最近2匹の”タヌキ”が住み着きました。つがいなのか?兄弟なのか?親子なのか?解りませんが大変仲が良く天気の良い暖かい日などは床下から出てのんびりひなたぼっこなどをしております。 その片方のタヌキがカイセン病の様で毛が抜けみすぼらしいのですが、その病気のたぬきをかばうようになめたり、人が近寄っても逃げようとしない様に何か強い”愛”とか”絆”を感じてしまうのです。私の住んでいる所ではタヌキやキツネ・カモシカ等がよく出没し、いつも見慣れているのですがタヌキがあんなにも愛情豊かな動物だったのかとあらためて感じ入りました。 異質・特異なものを排除する私たちの社会と比べ生存競争の厳しい自然環境の中で助け合っている二匹のタヌキに私たちは何かを学ばなければなりませんね。 |
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国立公園=利用者を楽しませる為に国が直接管理する地域。 欺瞞だぁーーーーっ! 私は、その地域にいかなる理由であろうと一国民を”立入禁止”とは横暴であると考えます。そもそも民地と官地の違いは?、その仕組みが何時どの様な理由で発生したのか?歴史をひもとけば明らかです。どんなにそれらしい理由を付けて、その時点で民衆を煙に巻こうとも歴史に残った事実は隠せないのです。 他にも、第一種特別地域、森林生態系保護地域、保存地区(コア・エリア)、保全利用地区(バッファー・ゾーン)等がありますが。私にはどこからどこまでがその地域なのか?その境界線は地図上では理解できますが、現場に立つとどうも理解できません。衛星軌道上から視ると国境にラインを引いていないのと同じくその境界では連続した共生関係上で成り立った<場>があるからです。 どうも考えれば考えるほど<ナントカ地域>は一般利用者に対する懲罰的な意味を持ったモノに思えてならないのです。弱者に対する強者(権力)の懲罰(私たちは弱者じゃない!)。この場で「白神山地」や「長野五輪滑降問題」を取り上げるつもりはありません。が、あまりにも<自然環境>とか<権利>の問題に表面的に関わっているメディアと私たちに「もう少し立ち止まって、ゆったり」と問いかけたいのです。「そんなに待てない、もう、そこまで来ているのだ」と云われるかもしれないが、そのまえにもう一度問いたい「それまで私たちは何をしてきたのか?」を。 確かに、私たちも自然の営みを理解しないで(理解できないまでも理解しようと努力しない→ここにも問題有り!)勝手な人間の論理で行動しているのは否めない事実ではありますが・・・。先人が膨大な時間をかけ残した文化とか生活遺産なら少しでも理解できようと云うものです。同じ人間だから(と、思いたい)。 かつて、アイヌ、サンカ、イヌイット、ネイティブアメリカンと呼ばれた人達は領土と云う思想が無かったと聞きます。そこで生きていくためにあらゆる物を与えてくれる大地とその精霊に感謝して生きていた。現代において、その<態度>と<いさぎの良さ>に快く感じる輩が「変人」と呼ばれる時代が終わりになることを私は期待したい。(もう一人の私:その時は退屈な世の中になっているかも?) 98/05/31「反省も込めて其の二」 に関連事項があります。 |
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