山からの声'97
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ガラン・・・「伽藍堂」「ガラガラ」「ガラ場」、名から想像するならこんな所か? 地元では「魔の沢」「人喰い沢」等と呼ばれている。だが、そんなに恐ろしい沢でもない。 人から「恐ろしいところですか?」と聞かれれば「いいえ。」と答え、「私でもいけますか?」と聞かれれば「はい」と。とにかく、それなりの知識と経験と体力があれば誰でも入渓出来るんです。 確かに「ガラン」の核心部は人を寄せ付けない厳しい様相を呈している。その自然の雄大さに人はおののき敬虔になったのでしょう。実際、過去に大勢の人が、ガラン沢で遭難しています。しかし、その大半は自からガラン沢に入渓しようとしたのでなく、知らないうちに迷って入渓してしまうケースが大半なのです。 その実例として昭和40年から62年までのガラン沢での遭難記録を下記に表記します。 (志賀高原救助隊のあゆみより抜粋) 発生時刻 区分 人数 原因 救助区分
40.05.27 仕事中 1 天候の急変、吹雪 死亡1 各遭難記録の詳細はここでは紹介できないが、傾向として冬季間の遭難が多数である。しかし、スキーでの遭難で、”コースを誤る”原因では、ゲレンデのコース整備を努力した結果、昭和55年以降では発生していない。しかしながら、新雪を求めて故意にゲレンデから外れて遭難するケースと、タケノコ採りに夢中になり自分の居場所が分からなくなり遭難するケースにはその後も続発し対応のしようがない。 唯一、特出し、注目すべきは、昭和61年11月5日の登山者の遭難例である。”志賀高原救助隊のあゆみ”では、 5日朝、草津を出発、ガイドブックを頼りに大沼池−赤石山−野反湖のコースを登山したが、山道の欠落、風倒木などで道に迷い、野反湖付近で吹雪に遭い視界も悪く、クマザサの中で一夜を過ごした。翌日11時家族から5日夕方に帰宅するはずの2名が帰らないと、長野原署に届けがあり、要請を受けた中野署も準備を進めていたが、0時20分群馬県六合村長平地籍の民宿にいると自宅に電話があり、捜索を解除した。」とある。
この幸運な事例では、
共に、管理者としての過失責任が問われるからだ。 幸いというか、この事例に関して何のクレームも無かったようだ。”遭難者が近在の人だったから?” 「ラッキー」と云うほか何もない。 少々「近年の遭難から推測するガラン沢考」からよこみちに逸れたが。とにかく「それなりの知識と経験と体力があれば誰でも入渓出来るんです。」「恐ろしい沢ではないんです。」と云いたかったのです。 |
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岩魚の産卵観察に行きました。場所は残念ながらお教えできません。雄雌の尺岩魚が二匹、水深5センチ位の浅瀬で’ゆらゆら’並んでいました。二匹とも背ヒレを水面から出し、とても無防備に、愛おしくさえ見えました。 雌は1分間に1−2回横になり尾ヒレで川底を掘り産卵床作りに、雄は他の2匹のライバルを追い回すのに懸命に、時には噛みついたりして。一時も休まる様子も無く・・・・・1時間半くらい這いつくばって間近で観察していましたが、日暮れで寒くなってきたので決定的瞬間をあきらめ帰ってきました。よほどの幸運でもなければ見れないんだろうナー。 2日くらい粘る気持でいれば・・・・・まぁそのうちに、いつかね。 |
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過去の文書ファイルを整理していると、こんな資料がでてきました。 この年は2件5日連続で捜索にあたり、今この資料を読むと、その時の苛立ちが改めて蘇り恥ずかしく思います。が、これも当時は現実でした。
概要は、 以下、六合村長に宛てた意見書をそのまま掲示します。
98/05/31「反省も込めて其の二」 に関連事項があります。 |
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概要
考察 「ウオータークライム」、最近よく耳にする言葉です。まったくの独自のスポーツですが、沢登のテクニックの一つだと思っている人々。また「近世:源流釣り師の世界」を、そのまま真似をする事に魅力を感じている人々。どちらも大きな勘違いがあるのでは? 数年前北海道でベテランの経験者が2名「ウオータークライム」でやはり水死している。その事故報告では、いわゆる今までの沢登スタイルで「ウオータークライム」を行ったらしい。その時の貴重な経験が生かされていない。すなわち、ヘルメット・ライフジャケットの着用、クライミング用のザイルは延びるので使用しない、水流の激しい段差のあるポイントでは決行しない等々。 沢下りは登りより遙かに難しくまた時間もかかる。本来なら出来るだけ泳ぐことは避け、高巻いたり、へつったりする所を、「ウオータークライム」や「近世:源流釣り師の世界」では積極的に泳いだり、滝壺に飛び込んだりする。見た目にかっこよくしかも行動時間を節約できる。しかしそれなりのリスクがあることを彼らは承知の上で行っているのです。無理をしても無茶はしていない。豊富な経験があるからこそ出来る事だとなぜ思わないのだろう。 だから私は出来るだけそのような行動は避けている。「出来るだけ」と云うのは、望んでいないのに避けられない時が実際にあるからだ。「避けられない時」対応出来るよう登攀技術、淵で泳いで岩にとりつく等の練習はするが、あくまでも「避けられない時」に困らない為で、「積極的な技術」の練習ではない。実際は自信がないのです。(笑い) そこで、背景に「問題点はメディア」にあるのではないか?そう考えてしまうのです。 雑誌やTVで紹介されていますが、どうもカッコイイ事ばかりで鼻につきます。個人的には、参考になる様な失敗談や惨めな経験を知りたいのです。 責任転嫁ともとれますが、みなさんどう思いますか? 98/05/31「反省も込めて其の二」 に関連事項があります。
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1日より魚野川へ2泊3日で行って来ました。そこで真夏にぴったりの背筋も凍る恐怖の体験をしてきました。その予兆は2日の夜から始まっていたのです。 夜8時、食事の支度も終わり、これから一杯やりながら至福の時を過ごそうとしたとき、 <<単独で入渓したため、焚き火を熾したり、岩魚をさばいて料理したりすると、このくらいの時間になってしまいます。ちなみにメニューは、「骨酒用の塩焼き1本・刺身(イクラ、白子入り)・岩魚の蒲焼き風・食道と胃袋の串焼き」>> 草津方向の空が、ピカリ、ピカリ。最初は雷かと思ったが音は聞こえない。 出がけに温泉祭りがあると聞いていた時間もちょうど。「何だ花火か」と納得、舌づつみを開始する。 「うまい!」誰も聞いていないのに、つい独り言。10時過ぎになっても、まだピカリ、いくら草津でも2時間以上も花火を打ち上げる経済力はあるまい。やっぱり雷だと納得し、舌づつみを再開。零時過ぎついに雷雨となり一時中止。テン場は増水しても心配ない場所なので、濡らしたくない物だけタープの下に入れ一安心。雷の音と光を肴に再開。午前1時過ぎには酒も切れ就寝する。この時点では雷に対して恐怖心は無かったのだ! それが始まったのは、帰路、魚野川支流小ゼン沢を遡上し、後20分でオッタテ峠に到着する所からだ。雷雨となった。雨合羽を着、とにかくオッタテ峠まで行き、そこで雷が通り過ぎるまでやり過ごそうと考え遡上を再開。オッタテ峠に着いた頃には雷も通り過ぎ晴れ間も見えた。「やれやれ」タカノスの尾根は下り一方で約1時間10分。雨合羽を脱ぎ下り始める。 樹林帯を抜け一ツ石付近で鳥の鳴き声がやむ。と、急に風が強くなり暗くなった。バシ!ドッカーン!ビシッ!ドーン!。付近はやせ尾根の笹原で逃げ場がない。ザックを投げ捨て笹下の中へ潜り込む。大粒の雨が殴りかかる。雨合羽を着る暇もない。いや、恐怖心から立つこともできない。立てば間違いなく避雷針。どうせ落ちるのなら上方に放り投げたザックに落ちてくれ。 10分もすれば通り過ぎるだろうと濡れるに任せたが、20分たってもその気配なし。伏せている腹に地響きが響く。そのうち寒くなり恐怖心と重なって体が震えだすが、山と渓谷社発行の「生と死の分岐点・山の遭難に学ぶ安全と危険」と題する本の「落雷・自らが避雷針にならないために」の項を思いだし、どうにもならない事を察する、どうせなら仰向けで死のうと覚悟すると、今度は、コツッ、コツッ、ビー玉大の真球に近い雹だ!そのうち、ゴッツン、ゴッツン、ビー玉大の雹が上空で結合しゴルフボール大に!「イッテー」再び俯せになり両手を後頭部に。もう最悪。落雷・寒さ・痛さ、の三拍子。 もうやけくそ!この雹を写真にとってやろうと使い切りカメラを取り出すが、あまりに暗いためフラッシュを焚かなければ写らない。「まてよ、フラッシュのチャージか、焚いた瞬間、大電圧が生じ、落雷を誘発するのではないか?」 くわばら、くわばら。もう、何があっても鳥が鳴き出すまで起きないと心に決めた。(もう、もう、牛みたい) やはりいつまでも続くものではない、雷雨も過ぎ鳥が鳴き出した。「やれやれ」と立ち上がり、証拠写真をパシャリ。風上の白根方向をふと見ると、真っ黒な雷雲がまっすぐこちらに来てるではないか。「ヒエーッ!」、「もう、ヤ!メ!テー!」、死にものぐるいでリュックを担ぎ韋駄天のごとく駆け下りる。樹林帯に入ったところで、ドッカーン!もう走れない、でも危険度はぐっと下がり、ほっとする。やがて車に到着、午後5時。40分近く伏せていたことになる。以上、真夏にぴったりの背筋も凍る恐怖の体験でした。
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基本的に山菜取りは「どろぼう」と私は考えている。なぜなら何も与えず育てずただ略奪しているからだ。山が自然の力で育てた恵みを我々は「どろぼう」していることを自覚しなければならない。せめて偉大な自然の力に「感謝」と「祈り」の心を持っていたいものだ。今残された環境を少しでも残すことが「感謝」と「祈り」の心と通じないだろうか?
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最初に云っておきたい。これは誹謗中傷の類でも愚痴でもない、これは「嘆き」だと。なんともやりきれない、この村は変だ、なによりも村民がそのことを自覚していないことが恐ろしい。 私はこの村の住民でありその住人であることに誇りを持ちたい。「愛国精神」とは無縁の。村の物理的な自然環境にはとても満足している。だからこそここに来たのだ。 しかしながら・・・。自殺者が多すぎる。「過疎の村だから全国的な傾向だ」と云われるなら、統計を調べていない私には反論のしようがない。自殺者の統計はその身内の恥じ入る心理から正確な統計が取りづらいからだ。なぜ恥じ入るのだ!人が自らの意志で命を絶っているのに!そこに何かのメッセージを感じないのか?。 昨年は老人が、つい最近も20代の青年が、世帯数18戸足らずの小さな集落で、そして今年の冬近在の中学生が登校途中友人達のみている前で橋から身を投げた。もうこれは異常としか云いようがない。 私も当初は「孤独」「病苦」「絶望」などと醒めた目でみていたのだが、このような状況は「村の病」とはいえないだろうか?病は発病してから初めてわかるものであるが、それを客観的にみて「病」と診断しない限りその対策はとれない。まして心の病は社会が複雑になるほど単一的で対処の方法が多岐にわたる。難しい問題だ。 だからと言ってそれを何もなかったこととして捉えてよいものだろうか?「過疎の村で地縁血縁が濃いから穏便に済ませよう」等とはもう云えない段階に来ていることは・・・。 このような症状は社会的な心理学としての「風土病」、そしてその治療方法は古来よりの万能薬「理解」では?
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赤石〜大高山間の縦走路確認で遭難しちゃった!? その考察。「やってしまった!!、一生の不覚、やっぱり!なんとかなるよ。」そんな気持ちが交錯した。 赤石〜大高山間の縦走路確認のため赤石山からオッタテ峠を目指して入山したが、山をなめきっていた。15年前に何度かガラン沢の支流を詰め、縦走路の存在は知っていたのでさほど気にもとめずにいたのが原因であるが、反省材料と原因は多くあった。それらをまとめてみた。 予定コース 前山→四十八池→赤石山→湯ノ沢ノ頭→ダン沢ノ頭→オッタテ峠→一ツ石→馬止メ 1,まず出発時間が遅かった。 1−1、赤石山頂を11時30分に出発した事。 2,縦走路の荒廃度の読み誤り。 2−1,昭和54年8月に整備して以来18年間整備されていないことは知っていた、しかし稜線の樹林帯を歩けばそれほど藪は濃くないだろうと思っていたが、極太の根曲がり竹が密生しており、さらにその密生地帯が全行程にわたっていた事。 2−2,整備されていないのは、赤石〜オッタテ峠間のなだらかな稜線で、約4Km、4時間も歩けば大丈夫と考えたこと。しかし現実には8時間もかかった。なんと時速500m。 3,コンパスを持っていなかった。 3−1,コンパスを忘れていた事がわかっていたのに強行した事。これは基本的な事で釈明できないミスである。 3−2,日中は好天で、17時半頃までは木に登りさえすれば、稜線と山座確認できたが、その後急にガスがかかり展望が利かなくなった。 4,ダン沢の頭のピークから尾根を取り違えた。 4−1,ダン沢の頭は三方からなる尾根で、本来なら南東の尾根を下るはずだが北東の尾根を下った。磁石があり注意すれば問題なかったのだが、ピークから下る際、複数からなる尾根では迷いやすいと云われることが本当によく理解できた。 5,錯覚と思い違い。 5−1,笑い話のようだが、南北を取り違えていた。考えてみて下さい、私は南東の尾根を下りているつもりになっている。つまり右に巻きながら下りるとガラン沢なので、左に巻きながら下りていけば必ず登山道に出ると確信し下降していたのです。(青色コース@) 6,さらなる錯覚と思い違い。
6−1,19時頃には日も暮れた。峠の沢を下りガラン沢本流に出、葱吉地蔵から馬止めに出ようと右下から聞こえる沢音を頼りに下った。(青色コースA) この時点では本当に間違っていることに気がつかなかった。 さらなる勘違いから目が覚めたのはそろそろ本流か?と思う頃ガスが消え下り正面上空に北極星を見たときだ、「やってしまった!!、一生の不覚、やっぱり!なんとかなるよ。」そんな気持ちが交錯した。なんと下っていたのは魚野川の支流小平沢だったのである。本当の自分の居場所を確認したのは23時。非常食は明日の朝にとっておき雨合羽を着て寝ることにした。 翌朝も好天、志賀高原に出るため庄九朗沢を詰めノッキリに出る。やっと登山道!!遭難者が遭難する気持ちと、その仕組みがよく理解できたことが最大の収穫であった。(精神と肉体的な悲惨さとは無縁であったが。) やっぱり山をなめてはいけない!!
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