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まず、私は動物学者や環境学者でもなく、一介の山棲人であることを前提としてお読み下さい。
猿に関して、上記の感想がBBSに寄せられ、私なりに考えるところがあったので、前年度に引き続き考察してみたいと思います。 猿、熊、カモシカ、猪、いずれも害獣扱いされており、昨今、私の住む周辺で数が増えています。それに比べて、狸、狐、兎は反対に数が減っています。 ここで、「おや?」と思う方もいるでしょう。「狐が減っているのなら兎が増えて良いはずだ」と。それは、ある意味正解ですが、私の周辺では違っています。 狸と狐が減ったのはカイセン病の大流行で、兎は同じものを食べるカモシカの繁殖で、体高と、食べる量でカモシカに軍配が上がり、兎が減ったのです。 認識すべき事。 どの動物にも共通することですが、そのエリアで生きて行くには適正数量というものがあります。(ちなみに、日本列島での「人」の適正数量は一説では30万人と云われています。ホントカナ?)その適正数量を巧みにコントロールしているが生存競争であり、自然淘汰なのです。 我々、「人」はこの自然の競争と淘汰の枠組みから外れたところで生きている地球で唯一の生物であることをまず認識する必要があります。それを忘れ、「人間も自然の一部」との詭弁から自然を捉えようとすると、「文明を捨てよ」の結論に至ってしまうので、常に「人は自然から離れた生物」を意識しなければなりません。 それと、獣と家畜を無意識のうちに混同している事がしばしばありますが、これも自戒しなければなりません。家畜は完全に頭数コントロールできますが、野生の獣、特に天敵がいなくなった雑食・草食獣を完全にコントロールするのは不可能であることも認識しなければなりません。(絶滅は容易いが) また、山の深部と集落の間にあるバッファゾ−ン(緩衝帯)の存在を忘れ、管理を怠っている現状も認識しなければなりません。 急激な変遷。 観光地は別として、何百年も前から在る集落の周りには、必ず生活に必要な薪炭林や採草地があります。しかし、時代と共に茅葺き屋根や薪が、新建材や石油に代わってきました。 時、同じくして山を大規模に皆伐し、獣とのバッファゾ−ン(緩衝帯)であった半自然林に、単一の木(六合村では圧倒的にカラ松)を植林したことで環境が変化し、狩猟の形態も、変化してきました。 バッファゾ−ンで集落への進入を最小限に阻止していた伝統的な狩猟も、肉や毛皮が売れなくなったことで消滅し、同時に、狩猟で学んだ獣の生態を伝承することも消滅してしまいました。 これらは、わずか50年の間に起こった出来事です。 肉や毛皮を売ると云うことは、<獣を絶やさないこと>に長けていないと出来ない技なのです。にわかハンターと違い、山に住み山の恵みで生きていくためには注意深く洞察し、時には飢えないために敢えて猟をしないこともあったはずです。 いったんは、山の深部に引き下がった獣達でしたが、適正頭数を超えた個体や群が、何も食べるものがないバッファゾ−ン(ここでは、カラ松林の事)を一気に越え、住民のために残しておいた集落周辺の共有林や薪炭林・採草地の木の実や芽を狙って降りてきたのでしょう。 そして、畑や住宅に・・・。 解決策。 かつての、バッファゾ−ン(ここでは、半自然林)で人と獣のせめぎ合いで培った高度な知恵と技は既になく、いきなり現れた獣に驚き、慌て、憎む姿は滑稽です。 前回、『悲劇を生んでいる原因は、他ならない自分たちなのだ。』と記述したのは、バッファゾ−ンの管理を怠っている己の非を棚に上げ、被害妄想に陥っている浅はかさに対する啓示と迄行かないまでも「チョット待て、よく考えろ」的なものなのです。 この50年の変遷は、人においても自然においても有史以来の最初で最後の大変化であったはずです。千年、万年サイクルの自然をわずか50年で引っかき回したのですから。
山で生かしてもらう事を放棄したのなら、山からの鉄槌に甘んじて生きて行くしかないのか? それとも、どこまでも実力行使を叫び続けるのか?
今、現れている現象は単なる前哨に過ぎないのかも知れません。 |
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山スキーで、横手山(2305m)に行った際(詳細は、こちら )帰りを予定していた日が吹雪となり、朝から手持ちぶさたになりイグルー作りを思い立つ。 「イグルー!イグルーを作ろう。面白いぞー!」との誘いに「何で吹雪いているときにそんなことするの?」とアルバイトの何とも合理的で面白味の無い返事。「近頃の若い奴ときた日にゃあ、遊び心ってモノがねぇのかよ。」とぶつぶつ言うオヤジでありました。 どうせ無意味な時間を過ごすのなら、思いっきり無意味を楽しむ。「これが、じねん流よ。」と訳の分からないことを言いながら、マイナス20度の世界に飛び出す。 山頂ヒュッテからスコップと鋸(スノーソーより刃渡り40cmの腰鋸が使い勝手がよい)を借り、雪が硬くなっている場所を探す。風で圧雪されたブロックを切り出すには風の通り道となっているところが最適なのだが、あいにくの吹雪で作業には最悪だ。大勢いれば足で踏み固める方法が取れるのだが、一人での作業では時間と労力が係りすぎる。 吹き溜まりで雪の切り出しに適当なところを見つけ切り出し始めるが、表層から2ブロック分(約80cm)は柔らかすぎて使い物にならない。イグルーの上部になると、積み上げたブロックの上に乗りながらの作業となる。人が乗って潰れるようでは作業が出来ないのだ。 一段を積み上げた頃、後悔し始める。しかし大口を叩いた手前、後には引けない。一つのブロックを切り出すのに二つのブロックを捨てるようなバカげた作業に「アー、俺っていつもこんな事しているな。」と虚無的な笑いが込み上がってくる。そりゃそうだ、雪洞の方が労力が少なく短時間で出来る。泊まることを目的とするのなら雪洞でも体感の快適さは同じなのだ。 しかし、イグルーの中の幻想的な風情は雪洞では味わえない。昼は、ブロックが青く輝き不揃い故の妙を醸し、雪洞ののっぺりとした閉塞感は無い。夜は、ブロックの隙間からこもれるロウソクの明かりがイグルーのシルエットを浮かび上がらせ巨大な行灯がまるで生き物のようだ。 これらの風情を味わいたいが為、大いなる無駄を楽しむのだ。 直径3m、高さ2.5mのイグルーは日没直前に最後のブロックが天井に差し込まれた。もう、これで崩れる心配はない。入口を切り出し、内部を滑らかにする作業は翌日に持ち越す。 翌日は晴天無風。上手い具合に昨夜の風雪でブロックの隙間が完全に埋まっている。入口を内部の床より更に60cm程掘り下げ入口を腰鋸で切り開ける。入口を掘り下げるのは冷気を外に出す効果もある。腰鋸をたわませ内壁の凸凹を削って内部を少しでも広くする。 そして、大人二人が泊まれるイグルーが大いなる無駄の末、完成した。
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実は、8日の深夜、満月で余りにも月明かりが素晴らしいので、月夜に浮かれた狸よろしく元山〜平兵衛池付近を翌日の明け方まで徘徊しておりました。 快晴無風、深夜の月光ハイク。
氷点下17度、午前2時。野生の動物以外なんの足跡もない雪上にシールを付け歩き出した。ピリピリと顔を刺す冷気が体のアルコールを飛ばす。 ヘッドランプなしでも充分明るい。月光のシャワーを全身で受け止める。神秘体験の予感を彷彿とさせる静粛と情景。 古来より月の光には神秘的な力が宿っていると信じられていた。まさに、それを体感した瞬間だ。まるで自分が人狼になったかのような錯覚に陥るほど興奮し力がみなぎってくるのだ。 調子づいた私は本気で芳ケ平まで行こうとしていた。大平湿原から三ノ鞍を登れば芳ケ平で時間的に丁度、御来光となるからだ。 しかし山の神は、そっと警告してくれた。 平兵衛池直後の窪地にガス溜まりが出来ていたのだ。ルートではその窪地に一旦降り、そのガス溜まりの中を通過しなければならない。 快晴無風の中で、そこだけ池のように溜まっている薄白い塊は異様な光景で、すぐさま<危険>のシグナルが頭に響いた。 一帯は白根火山の支配下で、硫化水素が至るところから噴出している。風があれば問題ないが、無風であれば、硫化水素のガスが池や窪地に集まってくるのだ。 素晴らしいプレゼントに調子に乗りすぎた私への警告と受け止め、素直に引き返す。芳ケ平まで後1時間30分の地点。なーに、充分楽しんだ。 下りもシールを付けたまま。滑るのがもったいないのです。(怪我も恐い。)途中、登りに無かった兎の真新しい足跡を追跡したり、ミミズクと睨めっこしたりして下る。 家に着くと倒れ込むように布団の中に潜り込んだ。自分で思っている以上に体力が消耗していたのだ。これが月光パワーなのか?何とも不思議だ。 月光ハイク。病みつきになりますよ。人から「危ない奴」と呼ばれるでしょうが(^^;)。 |
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99/05/22「山岳遭難保険制度、其の1」 から暫く話題を避けていました。余りにも複雑で、私の範疇を越えていると感じていたからです。 ところが、じねんBBSで話題となり、私なりに考えるところがありました。 少々趣を変えて、話が壮大になります。 蛮行の積み重ねからから文明が生まれ、 そして、今、科学が人の脳・精神・遺伝子まで明らかにしようとしています。 私達はどこへ向かおうとしているのか? まず、根元的なところで、危険に立ち向かうのは人の本能で、それには『死』が付きものです。 そこで、陥りやすい誤解は『死』を英雄視する風潮で、歴史に残る偉業を成し遂げた偉人の『死』と私の様な凡人を同列で語ることです。 偉人を凡人の領域までおとしめて語ることの愚行は時と共に風化し何も残らない。 それはさておき、「では、私達はどうか?」なのです。 宇宙は私には届かない。しかし、隣人やその子孫には可能です。 「不合理、理不尽、・・・何故。」 今まではこの日常的かつ不確定な諸々は大地が緩やかに吸収してくれた。 本来人が住めない空間に飛び出す人達にはこの大地の絆を放棄しなければならない。それ程、無情でシビアな世界なのです。 その不安要素が総体意識として、訳の分からない・理解できない行動に結びついているのではないだろうか。 それは、説明不可能な群集心理もしくは、シンクロニシティーとして立証されるかも知れない。 今、結果は知る由もないし、無意味だろう。しかし、「人」を単なる生命体と直視するとき、他の生命と行動パターンが明らかに違うことに気づく。 かつて、危険な冒険を敢行するのは限られた資本家で名声と功名心に囚われた人であったと聞きます。また、究極の娯楽は我が命を賭けること。とか。 これを退廃的だとあなたは笑うか。案外こんなところに精神世界の分かれ目があるのでは。 そんな行為(遭難に結びつく)が大衆化している現象は、何かの訓練・準備期間のように感じるのです。今までの規模と指向の違った。 そして、その母体に私や社会が係わり初めているのもかも知れません。何かの因果で。 花咲爺のように花は咲くのか? |
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今朝の外気温氷点下14度。この冬最低を記録しました。 小正月の行事で、地域によっては「左義長」とか「どんどん焼き」とも呼ばれ、鳥追い行事と共に夜行われます。 追記:翌日には氷点下16度を記録しました。 |
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