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今日の朝日新聞の1面と34面に大きく書かれた記事で、「実験用サルを密売」がありました。市町村が有害駆除目的で捕獲した野生のニホンザルを実験用サルとして業者が動物業者を介し、研究機関へ密売したというのだ。 全国から組織的に密売を目的に、捕獲も含めてサルを集めていたと言うから、呆れたものだ。(注:飼育、移譲、譲り受けることに対しての違法性) しかし、今日の新聞報道は、私にとって怖ろしくタイムリーであった。報道によると捕獲に際しては、自治体から1匹当たり2〜3万円の捕獲費を受け取っていたらしい。 前回、六合村の現状(00/12/13「猿」)に掲載した<何らかの補助金>がここで符合した。 猿の有害駆除許可頭数に驚いたのは前回述べたが、<何らかの補助金>にも「まさか」と俄に信用できない額面を聞いていたからだ。(だから額面の掲載は控えていました。) 哀しいかな。資本社会では法を犯さない限り、多少倫理に問題があろうが何をやっても自由なのである。したがって、ここで自由経済の功罪を語るつもりはない。 だが、ハンティング(心情的に猟と呼びたくない)に関しては、「どこかおかしい」と感じるのです。 勘違いしてもらいたくないので重ねて言うが、<猿>に関して誰かを告発しようとか、問題提起し事を大きくしようなんて毛頭考えていない。 ただ、現に起こっている事柄に対して、「どこかおかしい」と、自問自答する私見を述べているに過ぎない。 では、何が「どこかおかしい」といえば、
この違いがあっても、
厳然たる事実。 どうも、この辺りに「どこかおかしい」原因が潜んでいるようだ。 問題の因果は全て人に起因するのに、場当たり的に行う繕い。 他人任せから野放図。 有限を忘れた奢り。 聖夜にふさわしくない話でした。
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ガタ!窓の外で物音がしたので何気なく見たら猿と目が合った。 やっこさん相当驚いたとみえ、2m近く垂直に飛び上がった。 面白いので観察することにした。首を向けると逃げるので、手鏡で観察する。 野生の猿なので、鏡の効力は知らないらしい。こっちが気づいていないと思い、どんどんリラックスしていく様子が分かる。小型で乳首が目立つ、と、言うことは雌であるが、他に群がいるように見えない。あれ?雌のはぐれ猿なんているのだろうか? |
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以上は11/11のBBSに投稿した内容です。そして、今日。 日も陰り、雪降り寒くなった頃、窓外の白根神社鎮守の杉に登る猿の姿を見てしまった。本当は、この掲載のきっかけになる、あの猿を見たくなかった。 双眼鏡で確かめると、例のはぐれ雌猿であったのだ。 六合村では、有害駆除で既に30頭の猿が射殺されたと聞いた。複数の筋からの情報ですが、実際耳を疑いました。「3頭では?」と。 なのに、一向に猿の姿(注:被害ではない)は減らない。むしろ増えたように感じる。推測するに、群を統率するボス格の猿を射殺したから群が分散離散したのでは?と、すれば、家の周りに彷徨くはぐれ雌猿の説明がつく。 群を守るため、先頭に立ち、脅威に対して威嚇するボス格猿を撃つのは簡単。 確かに、農作物を荒らしたり、家屋に侵入する不届きものの猿もいる。 しかし、農家でもなく、また、実際に被害を被っているわけでもない第三者の声(猿=憎たらしい)まで含めてまで多数の猿を射殺する論理は、私にはついていけない。 もう一つ。有害駆除であるからには<何らかの補助金>が出ています。 普段の猟ではあり得ない報奨金と、ねぎらいの言葉が付き、猟期・猟区に関係ない猟が楽しめる。 緊急を要しない、本当の意味での有害駆除であるならば、被害の調査(実際は報告だけ)と、群の個体調査を行い、最も効果のある駆除方法を検討すべきである。 また、その調査・検討も公正を期するために、猿の生態を熟知した機関に任せるべきだ。 米国では、ライフル協会が政界に幅を利かせ、銃社会を正当化しているのと同じで、日本でも、猟友会が津々浦々に浸透しています。 猟友会と権力が固く結びついている図式を知っていながら今回、この話を掲載するのに正直、保身が働きました。 しかし、この現状を知ってもらいたい。と、 悲劇を生んでいる原因は、他ならない自分たちなのだ。 追記:猟友会を告発したり、挑発しているわけではありませんが、異論があるなら、是非メールでご連絡下さい。誠意を持ってご意見拝聴させていただきます。 E−Mail |
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ひょんな事から交流している方から感慨深い物を頂戴しました。私だけで眺めるのも何かもったいない気がし、作者に許諾いただき此処で紹介することにしました。 昨年、西暦標高(2000m)の山として四阿山系の北にある、破風岳、土鍋山を調査登山したとき、その山麓にある小串(おぐし)鉱山跡が気になっておりました。 戦後、高度成長期(朝鮮戦争)まで、鉄鉱石や硫黄の鉱山が私の住む付近では至る所にあり、中でも大きな規模に入る小串鉱山は、余りにもその最盛期とのギャップ(それこそ、今は犬一匹いない)が、なんかセンチメンタルな気分になり・・・、好きなのです。 もちろん私はその頃の様子をこの目で見たわけではありません。しかし、確かに人の痕跡を残す鉱山跡に佇み想いを馳せると、人の織りなすドラマが勝手に頭の中に浮かぶのです。
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手法・技術共に稚拙であります。苦労のわりに、出来が良くない。しかし、いろいろと勉強になりました。 まだお見せする段階でないと思いつつも・・・。今後、補正し、より見やすくします。しばらくはβ版と言うことで・・・(^^;)
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久々にガラン沢の温泉に行ってきました。特記すべきは、<熊> です。 遭遇の仕方が異常?でした。真っ直ぐ私に向かって笹藪の中を突進してきたのです。 そのスピードに圧倒され、何もできなかった。と、云うよりあの状況で熊が突進してくる理由がその時には解らなかったのです。 まして、大人数で入山していたので、「まさか熊と出逢うことはあるまい。」と思っていたから。 つづら折りの最下点で、後ろを見上げ、「こんなミズナラの斜面で舞茸が採れるよ。」と意気揚々で講釈していたところ、笹藪を魚雷の如く降りてくる気配があった。心の中では、「ああ、早速やっているナー。」「でも、舞茸の時期は終わったから無駄歩きだな。」なんて思っていた。当然バキボキ降りてくるのは同行者=人と思っていた。 「あれ?スピードが速すぎる。」と感じたときには既に目の前10m。 人であれば、笹藪の隙間から見える色で解る。が、真っ黒だ! 「フー!フー!」と息も荒く突進してくる。固まりました。右手は鉈に懸かっていたけど<抜く>という脳の指令はなかった。いや、余りにも体格の違いに諦観にも似た感情が湧いたのだ。(でも、アドレナリンは全開放出) 今まで見た野生の熊では最大級。体重は90 〜100kgはあろうか。(ちなみに私の体重は52kg)私の姿を認めたのか、手前3mの所で左に転進。そのままもの凄いスピードで降りていった。 元来不謹慎なもので、<未知>や<危険>、<奇異>との遭遇に血沸き肉踊るタイプだから、恐いと言うより、「面白い経験できた、ラッキー」でしたが、接触のポイントが僅かに違っていれば間違いなく新聞沙汰。 後で冷静に地形を確認すると、巻き狩りの手法を私達が知らず知らずにやっていた事に気が付いた。そして、追い込んだ所に先頭の私が居ただけだと。 それにしても悪運が強い。結果的には接触ポイントは熊にとっても私にとっても都合良く笹の生えていない僅かな緩衝地帯があったからだ。 とにかく、熊に逢わない事を自慢していたのに・・・。やっぱり単独行動が良いのかナー?どうも、最近人と歩いているときの方が熊と出逢う確率が高い。(しかも、何故か私が最接近している)単独なら、静かに気配を感じながら歩けるからお互い(獣と人が)意識しやすいのだ。 今回遭遇した熊のケースでは、一般に言われている、ラジオ・鈴・熊避けスプレー等の回避行動が無意味であることが証明されました。無いよりまし程度?(^^;) この時期、ブナ・楢・栗の枝が散乱(ビール瓶くらいの枝は簡単に折ってしまいます)している所では、頭上を見上げると熊棚を見かけます。木に登る爪痕で熊の大きさと、折れた枝の葉の付き具合で居た時期と体格を知ることが出来ます。 |
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数日前、「佐武流山に登ってきましたよ」とのメールを頂きました。その際、気になっていた<目印(赤)テープ>に関する記述があり先ずは安心。(健在でした) と、言うのも目印(赤)テープに対する風当たりが一部登山者の中では強く、<真意>を知らず片っ端から外して歩くことが最近の<流行?>と、耳にしていたからです。 私自身、98/05/19「反省も込めて其の一」の1−1−2,<<ビニールテープ>>の項で無意味な<目印(赤)テープ>に反対意見を述べています。 しかし、去年、佐武流山、水無尾根ルートで行った作業内容の<目印(赤)テープ>付けには<深い意味>があり、他の<目印(赤)テープ>とは区別される事柄なのです。 登山では、あのように頻繁に印付けはしません。斥候を担当した私は、後続の笹刈り隊の<誘導灯>的役割として印付けしました。 機械で笹刈りする際、刃先に注意する余り、時折、獣道や水の流れ跡(だまし道)につい刈り込んでしまうのです。 だから、見通しに最低でも2本の <目印(赤)テープ>を付けたのです。あくまで、笹刈り隊のためで、登山者のために付けたモノではない。 何らかの要因で、旧道を外れざるを得ないとき、仕方なく新ルートを開拓し、再び旧道に合流する。すると、新ルートでは片斜面で非常に歩き辛い。 旧道は濃いヤブながら足元は踏み固められたフラ ットな<面>なのです。 細かなことですが新道でない限り「旧道に忠実」が基本であると考えています。(もちろん登山道が完全復活した場合、回収は当然の事) あの異常とも言える<目印(赤)テープ>、これに、「はて?これは何かの意味が有るぞと」と、気づいてもらいたい。短絡的に物事を捉えないで頂きたい。軽薄、単純、シンプルばかりが良い事ばかりではない。 「またこんなに印を付けやがって」と、外し、自分は「環境に良いことをした」と、自己満足に浸る・・・何と滑稽なことか。よく似たことが身の回りで起こっています。良い事をしたつもりが、実は<余計なお世話>・・・そして、エセ善人のレッテルが張られ益々誤解が雪だるま式に・・・悲劇です。 あー、また吼えてしまった。 |
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ふと見ると目の前の網戸にカワゲラが張り付いている。水生昆虫が今まさしく脱皮しようと。 私にとって網戸越しに見ることも含めて初めての体験。沢の石にへばりつく虫の抜け殻はよく眼にするが、網戸越しアングルの脱皮は生まれて始めて。(当然、目が離せない) 一番近い水流から遙か5mも離れた網戸にへばりついた河虫に感動さえ覚える。(何故此処を選んだのだろう?)モタモタ歩く脱皮前の水生昆虫は鳥の格好の餌食。 わずか16分で脱皮は終わった。短命の例えで呼ばれる「陽炎:かげろう」 、羽も乾き、すぐにパートナー探しに向かうと想いけりゃ、網戸にへばりついたまま動こうとはしない。確かに外は雨。梅雨らしい雨だった。 気が揉めた。数が勝負で生殖行為後は直ちにその命を閉じる生物が、「モタモタ、ダラダラ」としていることに。 何で、雨が降っている日に脱皮したんだ?・・・問いかけてもへばりついたまま。 短命で一発勝負なのに雨が降っている最中に何故羽化するんだ?(明日に延ばしたり、速めたり出来ないか) 「満月の夜に産卵」、「満潮の浅瀬に産卵」・・・ets。命を継続するための知恵とか工夫と、かけ離れたところに妙を感じた。 羽化してから、その日が暮れるまで彼は飛ぼうとしなかった。(観察している私は充分変人) カゲロウに「おまえには解るまい。焦るな、俺の命は俺のもの。」と言われているようで、凡人であることを笑われている錯覚に陥りました。 |
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源泉から20ミリのエスロンパイプで浴槽(一般家庭のポリ浴槽)まで温泉を引いています。去年8月24日に行ったときには、誰も入浴した形跡もなく、荒れており、入浴できるよう源泉の修復や、浴槽の掃除などに1時間以上かかりました。(徒歩、片道4時間、内2時間半は沢歩き) 「ガラン沢にポリの浴槽はふさわしくない。たたき壊してくれる!」なる声を村内で聞きました。六合村住人として<縄張り>を<侵略>されたと<勘違い>をし、<深慮無き行動>に出る人がいます。 壊すなら、
1,次に行っても入浴できるよう、ポリ浴槽に<取って代わるモノ>を設けること。 を、条件に「どうぞ御勝手に」と伝えておきましたが、その後どうなった事やら。 国立公園内に個人が勝手に施設を設けるのは明らかに自然公園法を犯しています。しかしながら、この件に関しては何も<めくじら>をたてるほどの事でしょうか?沢や登山道から見える場所で景観を損ねているわけでもなく、温泉を私物化しているわけでもないのに・・・。 無償で苦労し、入浴できるようにした人達の<気持ち>を理解できないのでしょうか?浴槽やホースの重量物を4時間以上もかけて道無き沢を担ぎ上げた人達の<情熱>を・・・。援助できないまでも、温かく見守る心の<ゆとり>は無いのでしょうか? 権利や権力に翻弄され、自分の利害にさえ関係のないことでも<正論>を盾に<鬼の首>を取ったのがの如くわめき散らし、側で聞いていて気分が悪くなることがどうも最近多いように思われます。 追記1:誤解のないよう云っておきます。私は入浴施設の設置には関わっていません。ありがたく利用させて頂いている立場です。 追記2:ピンク色のスプレーペンキで「98/11/8 おんせん」なる落書きが、ダン沢出合いの岩に目立つように書かれていました。こちらの方が余程<けしからん!>調べれば、誰が書いたかすぐ解るんだぞ!プン、プン!(怒) ガラン温泉へのルートなどは、ガラン温泉を参考下さい。(沢歩きの経験がなければ行けません。滝もあります。もちろん道標の類もありません。御身大切に) |
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詳細にわたる貴重な資料で、亡くなったお二人の最期の状況を推測するのに非常に役立ちました。 将来のある若者がただ単に「山で遭難死した」ではあまりにも軽すぎます。「五龍岳遭難調査報告書」を読んでいるうちに、この報告書は彼らが残してくれた「遺言」でもあると勝手に思いこんでしまいました。 また、遭難を身近に感じるよう啓蒙するに当たって、この様な報告書の貴重さを痛感しました。ともすれば、追悼記になりがちな身内の遭難報告書と一線を画した真摯な態度にとても共感しております。亡くなった方のご冥福のためにも広く知るべき事柄であると信じます。 この度、私のサイトとリンクすることを快く許諾して頂いた「五龍岳遭難調査報告書」サイトの管理人様にこの場でお礼申し上げます。 それでは、「五龍岳遭難調査報告書」を参照下さい。 |
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ポーランドウォッカの「スピリタス」は、ザックの重量を10グラムでも軽くしたい想いから、薬局で売っている無水アルコールを経てたどり着いた一品であります。 理屈では無水アルコールでも問題ないと解っていても、やはり気分的に「そこまでやるか?」との内なる声が聞こえてきて、後ろめたい気分を抱えたまま呑む無水アルコールは味気ない(実際、味はない)ものでした。 また、「無水アルコールを飲用するのは脱税行為だ。」と同行者に冷やかされた事もありました。お裾分けしたら「不問とする。」と、のたまいましたが(^^)。 そこに、悪友から「これはおまえ向きだ」と土産に手渡されたのが「スピリタス」でした。 正真正銘の飲料用に作られたウォッカで、アルコール度数は96°。まさに私向きのアルコールといえます。また、消毒用(ス7:水3がよろし) にも燃料にもなる優れものでもあります。 一本を瓶からペットボトルなどの容器に移し替えれば、容量は500ccでも、日本酒換算では1.6升(3000cc)であり、おかげで近年の山行では<持ち返し>出来るほどで大変助かっている。 天候の都合で停滞すれば酒を飲む以外何もすることが無く、ただ時間と減っていく酒の残量を気にし、侘びしい想いをしながら呑んでいたものでした。 注意点としては、
1,キャップはしっかり閉めないと揮発性が高いので、天使の分け前となってしまいます。
2,バーナーや焚き火の前では危険物と同じ要領の扱いとする事。昼間だと炎が見えません。 3,突然腰が抜けます。何度か這ってシェラフに潜り込んだ事があります。 無味無色無臭(当然ですがアルコール臭はあり)なので、ペットボトルに移す際にコアントロー(リキュール系)で味付けしたり、水で割る際に粉末スポーツドリンクや、駄菓子屋で売っているようなラムネ錠剤などで味付けしたり工夫しております。 夏場なら徳島名産のスダチを1日2個消費計算で持っていきますが、岩魚釣りの場合には何と云っても骨酒用の日本酒は欠かせません。 山スキーではホットワインが暖まります。甘めの赤がグッド!スピリッツ系は体を冷やす作用があるようです。 あ!缶ビールではメーカによって裂けやすいアルミ缶があります。 メーカー名はここには書けません。(関心のある方はメールで) ここまで書いてアルコールなら何でも呑んでしまう貞操のない自分に気が付いてしまい・・・・・m(_ _)m。 |
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標高1999mは山の途中なら幾千万 とありますが、頂上の標高が1999mで、連座している山の頂上も標高 2000m、しかも、無雪期に往復3時間で行ってこられる所は日本で他に例がない。 この破風岳(1999m)、土鍋山(2000m)へ年末年始にかけて登山を行うという企画が長野県の高山村で行われ、その募集に微力ながら協力しました。 その企画に携わった方からBBSに書き込みがあり、その内容を今年最初の掲載とすることにしました。
苦労の末の成功。そして感動。ひしひしと 伝わってきます。 本当にお疲れさまでした。それに比べれば私がお手伝いしたこと など些細なことです。 前例のない企画を遂行するエネルギー、それを持続すること。 新しいことを行おうとすると必ずそれを批判する勢力が出てくること。 人の前を歩こうとせず苦労を嫌い後からコソコソ付いてくる輩。 しかし、感動と培ったノウハウ、なによりも人との出合いが大きな 宝物として残ったのではないでしょうか。 最高のお年玉だと思います。成功おめでとうございます。 |
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