ガラン沢

 暫定的ですが完成しました。馬止メ−惣吉地蔵−ガラン沢本流−横手裏ノ沢−草津峠にかけて、画像データとリンクする、しかけです。随時更新し内容を新しくし向上させるつもりです。

 使い方は、地図上の地名・滝名をなぞって見て下さい。指先ポインタ””のマークが現れると、そこから画像にリンクしています。
お楽しみ下さい。  最初は<惣吉地蔵>からです。  さぁ!クリック!

 新しい試みで、不具合や操作性の不備等、問題は山積みです。技術的なアドバイス、大歓迎です。
               (ここで紹介する画像は、特に表記無いものは、全て98年9月9日に撮影したものです)

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惣吉地蔵  90惣吉地蔵

惣吉地蔵

宗吉とも書く。

 昔、隣部落の長平に狩人で本多惣吉という人がいたそうです。ある日、飼い犬をつれ一人ガラン沢に狩りに行ったのだが、黒ゼンの滝で墜落し動けなくなった。助けを求めるすべもなく死を覚悟、自ら銃口を口に差込み発砲、自害したそうです。

 しかし、飼い犬が村人に助けを求めに里に下っていたことを惣吉は知らなかった。村人が駆けつけたときには、すべてが終わっていた。

 今は地蔵として、犬の地蔵と共に岩棚に奉られている。
 生まれ育った長平部落の方向に顔を向けて。

次は<峠ノ沢岩小屋>です。








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90峠の沢岩小屋.
峠ノ沢岩小屋 ’90

 90年の5月に撮影。現在は笹とイタドリで覆われ見つけにくい。

次は<湯ノ沢>です。








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湯ノ沢
湯ノ沢

 地図や登山関係の本では、ダン沢とか鯛(タイ)ノ沢等と書かれているが、湯ノ沢が正式名称である。

出合には明治大学ワンダーフォーゲル部のプレート(10×20センチ)が木に打ち付けられている。

 この付近から硫黄臭がし、岩も大きくなり始める。出合から本流上流にピーコック碑(20×30センチ黒い石版)が
沢の中央部の大岩に下流に向けて張り付けられている。

次は<ガラン温泉>です。








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ガラン温泉

ガラン温泉で乾杯

観世音ノ滝(下)

観世音ノ滝(下段)5m

 湯ノ沢をガラン沢本流から遡行すると、30分程で5mの滝が現れる。観世音ノ滝だ。
右岸にステンレスのチェーンが埋め込みボルトでセットされているが、チェーンを頼りにしなくても直登は危険ではない。

 滝を上りあげると5mの第二の滝(こちらの滝が観世音の滝か?)。
こちらは左岸にチェーンがセットされている。滝を越えしばらく歩くと右側から流れている沢に出合う。

 沢の石が青白くなっているこの沢がダン沢だ。

 ダン沢の出合を後にし、さらに30分程遡行を続けると、沢が2手に分かれる。左側が鯛ノ沢である。
鯛ノ沢の源流部が崩壊地で、遠くから眺めると尻尾のない鯛の形をしていることから、六合村では鯛ノハゲと呼んでいる。

 右側が湯ノ沢で、別れから100m程上流の右岸から温泉が湧いている。
毎分18リッター、水温41度のこの温泉はガラン温泉と呼ばれている。
この温泉の権利を巡っていろいろ取りざたされているが、当事者が全員他界し真相は不明である。

 関連事項も参照下さい。

次は<ピーコック碑>です。








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ピーコック碑  90ピーコック碑

ピーコック碑

 1938年1月、英国人のピーコック氏(以下P氏)と案内役の日本人の某氏がツアースキーで横手山から白根火山に向かう途中ガラン沢に迷い込み遭難死した。その遭難を巡ってミステリアスな情報が錯綜し、国際問題となり一時騒然となったようである。それは、

 1、P氏の身分が英国のシンガポール駐在武官、砲兵中尉であったこと。
 2、P氏の遺体は発見されず、日本人某氏のみ凍死体で発見されたこと。
 3、日本人某氏のポケットからP氏所有の拳銃が発見され、発砲した形跡があったこと。
 4、日本人某氏の所持品にダイナマイトの雷管と導火線があったこと。
 5、日本人某氏のポケットにP氏の懐中時計と英国紙幣があったこと。

 等である。最も好まれた推測は、P氏スパイ説である。ガラン沢周辺には鉄鉱石や硫黄の採取できる鉱山が多くあり、その調査のためスキー客を装いスパイ活動を行っている途中何らかのトラブルで遭難した。と云う説であったらしい。

 しかしその後は混迷の時代に突入し、この事件は人々から忘れられた。近年になってその記憶を後世に留めるため遭難碑を設置したと云われている。

碑文の内容は次の通りである。

一九三八年一月 悲劇的な
死を遂げた登山家T・A・
ピーコック氏がこの記念碑で
後世に残ることを嬉しく思います。
ミッチェル・ウェーガード
英国大使

次は<日向ガラン>です。








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日向ガラン

日向ガラン

 この付近からガラン沢の核心部となる。本流を挟んで南側を日陰(ヒカゲ)ガラン、北側を日向(ヒナタ)ガランと呼ぶ。

次は<ローソク岩>です。








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     90ローソク岩.
ローソク岩

 ローソク岩は沢の中央部に立つ大岩からなるもので、高さ約15m、形状はまさしくローソクの炎である。

 かつて、この付近に「南無阿弥陀仏」と字を穿った岩があったと云われているが埋まってしまったのか、流されたのか今は無い

次は<千トン岩>です。










千トン岩

千トン岩

 ローソク岩から左岸のガレ場をトラバース気味に上る。沢には大岩が累々と積み重なり水は滝をかけトンネルを穿ち、水線通しでは歩けない。中でも一番大きな岩を千トン岩と呼んでいるが、どう見ても万トン岩と呼ぶ方がふさわしい気がする。

次は<黒ゼンの岩小屋>です。








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90黒ゼン岩小屋01.     90黒ゼン岩小屋02
黒ゼンの岩小屋(90年撮影)

黒ゼン岩小屋
現在

 ガランの迫力を後にし背の低いツガ林の中を分け入ると4〜5人が泊まれそうな岩小屋に出る。木を組んだベットや薪があり人が暮らした形跡がある。

 昭和58年の夏、一人の青年がこの岩小屋で山籠もりをしていた。聞けば、6、7、8月の3ヶ月間一人で棲(注:住むではない)んでいたそうである。超人願望にとりつかれ密教やヨーガを修行と称し実行していたらしい。

 折しもオーム真理教の松本被告が、まだまともだった頃である。松本被告と青年との修行に対する方法論は同じだったが、悟った点が明らかに違っていた。

  松本被告は「金儲けになる」、青年は「時間の無駄だ」と悟った点だ。青年は現在六合村に移り住み「じねん」と名乗っている・・・なんだ、私のことだ。

次は<寒の風穴>です。








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寒の風穴

寒の風穴

 岩小屋の前から再び本流に降り立つ。しばらく歩くと、左岸の上方から冷たい風が吹いている所に出合う。寒の風穴だ。

 真夏であれば白い霧となって流れ出しているのが目視できるほどで、岩の裂け目があり、人が一人這って入れるくらいの穴が3m程続いている。

 98年の8月に風穴内部の温度を測定した時は外気温32度時、7.3度であった。今回は外気温22.1度時、7.8度で、ほとんど変化は見られなかった。次回はこの天然の冷蔵庫で冷やしたビールを飲む計画を立ててみよう。

次は<屏風岩>です。








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屏風岩.

屏風岩

 寒の風穴を後にし、屏風岩を左岸に見、右岸を小さく巻いて降りた所が幕営として適地となっている。

次は<黒ゼン>です。








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黒ゼン

黒ゼン(7m)

 落差7m直瀑の滝で、直登はかなりの技術を要する。正式のルートは右岸の崩壊地中央のガレ場を上部まで直登し途中から上流に向かってトラバースするルートだ。

 よく見るとカモシカも利用するらしく踏み跡が確認できる。ここにもロープが掛かっていたが、ロープの一部が岩の下にあったため手がかりが有り、危うく信頼してしまうところであった。

 力いっぱい引くと簡単に抜け、もし手がかりとしてロープを握っていたらと思うと背筋が寒くなった。残置された登攀具を利用する際の基本は「信用するな」です。

 トラバースして尾根に立つと、志賀高原の遭難防止対策協会の看板(30×40センチ)が目に留まる。「あなたは、遭難しています。直ちに引き返してください。」と、書かれているが、遭難している人がどうやって帰ればいいのだろうと考えてしまった。

 自分が今どこにいるのか解らなくなってしまったから、遭難してしまうのでしょう?

次は<F1,F2>です。








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F1
F1 3段12m ’99

F2
F2 8m ’99

遭対協の面々
遭対協の猛者達もF2を登った
頃には ヘロヘロになった。’99 

 最初の滝(F1)は直登できない。左岸のルンゼを登り途中から左にトラバースするのが最も安全確実なルートだ。

 90年にここを通過する際、熊に威嚇された。

 低く唸る声は、大型獣独特の響きがありゾッとしたのを覚えている。

 

 次に現れる滝(F2)は見た目より楽に上れる。

 増水期にはシャワークライムとなるが、これが気持ちいい。

次は<仙十滝>です。

 








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仙十(せんじゅう)滝 3段6m ’99

 かつて、私の住む集落に破格の古老がいた。ガラン沢の主とも言える経験と知識があり、好奇心旺盛、特に新しい物好きで私はよく可愛がってもらった。

 傑出した存在であったが、どこかひょうきんな爺さんでした。

 その古老の名が付いた滝である。

次は<熊渕>です。








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熊淵 ’99

 鉄鉱石の露出した岩盤、白く泡立つ流れ、そして深い緑色の渕が目を楽しませてくれる。

次は<熊沢>です。









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熊沢

熊沢



ナメ滝

 熊沢出合の赤茶けた岩に付いた苔が見事なコントラストを演出している。小さなナメ滝をすぎるとまもなく鉢山沢だ。

次は<ネジレノ滝>です。








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ネジレノ滝.

ネジレノ滝

流木に付く湯ノ花.

流木に付く湯ノ花

 鉢山沢の出合の直後、右岸に流れ落ちてくる落差15mの滝がある。ネジレノ滝だ。

 この付近から沢の水面下の石肌に湯ノ花を見るようになる。途中2カ所で左岸が地滑りを起こし渓相を変化させていたが、遡行に支障なし。

次は<源泉>です。








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源泉

源泉 ’99

 硫化鉄により黒く変色した泥で、温度は20度前後であろうか。

 この上に鉱山跡がある。昭和25年頃、鉄鉱石を露天掘りし、索道で熊ノ湯に搬出していた。

 当時、夏期のみ飯場が建ち、30人位の男達が住み込みで働いていた。その人達が労働の後、温泉に入っていたと聞いたことがある。

 これがその源泉であろうか。

次は<横手裏ノ沢>です。








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横手裏ノ沢

横手裏ノ沢


案内板
遭難防止対策の案内板

案内板’99
新しくなった案内板 ’99

 本流は右側の湯ノ花沢であるが、最後の詰めで根曲がり竹(チシマ笹)と風倒木で苦労した思いがあるので、横手裏ノ沢を選択する。

 水量はどちらも同じくらいだが、渓相が全く違う。湯ノ花沢は、狭いV字型の渓谷で、川石に湯ノ花が白く付着している。左側の横手裏ノ沢は、開けた感じで、赤茶けた岩や石がゴロゴロしている。

 参考までに湯ノ花沢を詰めるには滝を2つほど越さなければならないが、直登できるので、それほど問題ない。忠実に本流を詰めていくと、根曲がり竹のトンネルとなり、いきなりコンクリート製の壁に突き当たる。中電水路の終点である。

 水路の終点からチョロチョロ流れている根曲がり竹のトンネルの沢を登ると、ザレ場に出る。このザレ場に付いている小道を上りあげると、根曲がり竹を切り開いた道に出る。この道を2分も歩けば草津峠に出られる。

 この付近まで来ると、遭難防止対策の案内板を沢沿いに見るようになるが、長年の風雪によって欠落しているのがある。

 また、写真のように肝心の矢印部分が欠け意味を為さないのもある。
管理を怠るのならば、かえって何もしない方がよい。

 この看板は横手裏ノ沢に誘導する為に設けたのであるが、98年タケノコ採りの人がこの付近で遭難した。その際この看板は意味を為さず、遭難者は鉢山沢で発見された。

 

 99年の遭対協の訓練で案内板が新しくなった。しかし、個人的にはこの様な案内板の乱立は興ざめである。

 こんな案内板が不必要な沢であって欲しい。

次は<中電水路>です。








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中電水路(鉄板の路)

中電水路(鉄板の路)

中電水路(側面)

中電水路(側面)

 白沢から1号が始まり、各小沢毎に水を取り込んでいる箇所にナンバーが付けられている。ちなみに草沢は7号だ。

 この水路は標高1900mの等高線沿いにあり、名もない小沢の水を拾い集めながら草津峠直下まで続いて、そこから隧道となり硯川へ流れ出ている。つまり、本来太平洋側に流れる水を日本海側に流しているのだ。

 現在は発電用として利用されているが、明治15年信州の寒沢村に水田を作るために作られたものである。

 鈴木為五郎、沢次郎親子が私財をなげて工事を行ったが、私財も尽き、父為五郎を隧道工事で失い精神異常をきたし、堰の完成後座敷牢で狂死した。

 何とも哀れであるが、その先見の目、情熱に頭が下がる思いである。

 また、当時水利権を六合村から酒2升で得たと云われている。沢次郎堰または、寒沢水路はその頃の呼び名である。

次は<草津峠>です。








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中電水路(鉄板の路)
遭対協訓練、’99


草津峠から降下

草津峠
草津峠

 上信越高原国立公園登山道に出る。登山道沿いに咲くリンドウが目と体の疲れを癒してくれる。硯川に降りる登山道は数年前に大改修し、旧道の面影はない。

地図に戻る。  遡行記はこちら

 

 99年には志賀高原遭対協が、鉢山沢・湯ノ花沢・横手裏ノ沢・草沢の4沢を4班に分け降下し草沢出合いで合流し、宮手沢を詰め渋峠に抜ける訓練を行った。

 渋峠に到着後、飲んだビールがたまらなく旨かった。 これだから山遊びは止められない!

 

 

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